短編U
□愛のエプロン(P1)
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今までにこなしてきたどんな作戦よりも難解だと思った。
できることなら向かい合いたくない。
しかし、ロイ・マスタングたるもの、挑みもせずに尻尾を巻いて逃げるわけにはいかない。
まして、それが愛する人のためであれば。
愛のエプロン
料理に興味を覚えたことなどない。
体が資本の軍人だから、エネルギー補給という点でおろそかにすることはないが、必要な要素が必要分だけ摂れれば充分だと思っていた。
だいたい軍の食事に味や質を求めても意味はないし、士官学校出身であれば軍食を作り続けて調理の腕をあげる機会もない。
総じて『食』というものに対して、相当関心が低いのだろう。
料理に対しての知識は人並み以上にある。しかし、ワインや食材や調理方法についての薀蓄は女性とつきあうためのアクセサリーのひとつであって、食事そのものへの興味のあらわれではない。
だから、家で自炊などほとんどしたことがない。
つまり、調理道具などほとんど揃っていない。
両手いっぱいに抱えていた荷物は、降ろした拍子に転がってガランガランと派手な音を立てる。
大小様々な鍋やフライパン、ざる、レードル、トング、etc..…
それから。
肉、野菜、またはそれらの加工品、ソース、スパイス、etc.etc.……
さらに。
数日前から揃えておいた数札の書物。
『はじめての調理』『家庭料理のABC』『超基本料理術』『失敗しないディナーつくり』『不器用さんのキッチン』etc.etc.etc.………
「さて」
買ったばかりのエプロンをつけて腰に手を当てる。
資料を基にしたシュミレーションは完璧だ。
私は自信満々で実践に踏み出した。
ところが。
何をどこでどう間違えたのか。
私が産出できたのは生ゴミばかりであった。
「おかしい」
台所から生まれたという錬金術の、この国の最高峰である「国家錬金術師」という資格を持っている錬金術師である私が、その台所仕事で失敗するなんてあり得ないはずなのに。
いや、しかし、これは現実のことだ。
見たくないからといって事実から目を逸らすほど私は愚かではない。
事実を事実として認めよう。その上で、対応策を練らねばならない。
何しろ、タイムリミットはあと数時間後にせまっているのだ。
私達の記念すべき第一夜を、華やかに彩るためのオープニングともいうべき食事からつまづくわけにはいかない。
何せ外で食事をとった場合、店を出たところで「ごちそうさまでした」と丁寧に頭をさげ、私が誘いの言葉をかける間もなく、「じゃぁな」といとも軽い調子で手をあげて宿へと帰ってしまうのだ。その先に進む糸口をつかむことさえできない。
「仕方がない」
私は台所を出て電話に手をかけた。
* * * * * *
「すっげー。大佐、料理できたんだ」
「失礼だな、君は」
ダイニングテーブルに所狭しとならべられた皿の数々に、大きな金色の瞳がさらに大きくなる。
温め直したスープを運びながら、私は憮然として見せる。
「一人暮らしが長いんだ、これくらいなんでもない」
ふふん、と胸をはりエプロンをはずす。
「さぁ、食べようか。君の口に合うといいんだがね」
差し向かいに椅子に座り、視線で促すとエドワードはいただきます、と手をあわせた。
何気ない素振りでスープを口に運びながら相手を見守る。
「美味い!」
ぱぁっと笑顔をふりまいて、皿から皿へと手を伸ばす。その様子に内心で胸をなでおろしながら、私も料理へと手を出した。
あらかたの食物がエドワードの胃袋に納まって、少年は満足そうに吐息をついた。
「あー、美味かった。すっげ、食った」
ごちそうさまでした、と頭を下げるエドワードに、お粗末さまでした、と返したところ、そのままの姿勢からエドワードは視線だけで私をとらえた。
にやり、と人の悪そうな光がその黄金のまなざしにまじる。
「イーハトーヴと同じ味だな」
「──!」
「あそこの店がテイクアウトをやってるとは知らなかったぜ」
無理やり持って帰ったのか? 親父さんに迷惑かけんなよ、と顔をあげて胸の前で腕を組む。
「──知っていたのか」
「まぁね。どう考えても家庭料理の味じゃなかったからさ」
家庭料理という看板を掲げていても、そこはやはりプロの味、ということか。
騙されたことを怒るか、謀ろうとした私に呆れるか、はたまた虚勢を張った私を嘲るか、何かしらのリアクションがあると思って身構えた。
「そのうち、ホントの大佐の手料理食わしてくれよな」
そう言ってにこりと笑う。
その顔は──。
「じゃ、な」
呆然としている私を尻目にエドワードはさっさと家を出て行った。
ぱたん、と玄関のドアが閉まるまで私は動けなかった。
「……完敗だ」
めくるめく一夜は、まだまだ先のことらしい。
終
2008/11/18