短編U

□イシュヴァールにて(P1)
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いくつもの夜が空を覆い
いくつもの生命が途絶え
いくつもの星が流れる


イシュヴァールにて



 俺達をなんだと思ってやがるんだ

誰かが言った。


 俺達の生命なんざ、チェスの駒より軽いんだろうよ

誰かが答えた。


 それでもイシュヴァール人よりは重んじてもらえてるぜ

誰かがうそぶいた。


違ェねェ

みんなが笑った。





 足音が近づいてきたかと思うと、隣にどさりと座り込む人影。
「次の作戦で終わりにするらしい」
「そうか」
 素っ気無いほど短い返答だったが、相手は気にした風もなく言葉を続けた。
「ようやく帰れるな」
「そうだな」
「キッツイ作戦になりそうだな」
「……」
「生き残れよ」
「お前こそ。恋人が待っているんだろう」
「おうよ」
 グレイシアの元へ俺は帰ってみせるぜ、と拳を胸の前で握り締める。
「ロイ、お前は?」
「何が?」
「待っててくれる人はいないのか?」
「いないな」
 それなりの付き合いがあった女性はいたが、彼女が自分をまっているとは思えない。その程度のつきあいだった。顔を思い浮かべようとしたが、それさえも曖昧になるほど。
「リザちゃんは?」
「いや」
 何年かぶりで再会した彼女とは、そういう関係にはならない。
 なり得ない。
「この地獄を共有したパートナーなどゴメン被る」
「──そう、だな」
 同じ贖罪をかかえたもの同士で生活を共にするなど、できるわけがない。どうしたってその背後に、常に自分の罪を意識させられてしまう。
 腰まではまった泥の沼を暗闇の中であがき続けるような地獄を誰かと共有したいとは思えない。
 かといって、この戦場を、命のやりとりをする場を知らぬ相手も無理だろう。無垢な天使には腹立ちしか覚えまい。知らぬが故の穏やかさに苛立ち、焦り、勝手に追い詰められてしまうことが容易に想像つく。
 一人の女性を心の支えにして戦場を生き延びてきたヒューズとは違いすぎる。
 ヒューズは生活を整え、未来を紡いでいく家庭を築くことで、この地獄での罪を贖っていくのだろう。
 俺は。
 あがいてあがいて。
 たったひとつでも多くの命を消さずにすむようにあがいて。
 そんな贖罪のための未来を血を吐きながらでも進んでいくしかないのだろう。
 『人間兵器』と呼ばれ、幾多の命を奪ってきた俺たち国家錬金術師には、誰かを欲することなど許されはしないだろう。
 まして、未来を共に歩んで行くものなど現われようはずも無い。
「でもな、ロイ」
 そこで言葉を切って、さんざん躊躇った末にヒューズは続けた。
「人間ってヤツは一人じゃ生きられないようにできてんだぜ」
 互いの心を預けられるような相手を必要とするのが人だと、確かにそれは正論で真実だろうけれど。
 自分の抱えた地獄を誰かに預けられるような、自分の抱えた地獄を一緒に抱えてくれるような、そんな存在を得られるとは思えない。
 だからこの地獄を見た俺には何もいらない。

「そうだな。あるいは別の地獄を見たものなら、共に在れるのかも知れないな」

 けれど、それは叶うまい。
 第一、あり得まい。
 この地獄を共有せずに、別の地獄を見てきた存在など。
 それでも必死にあがいて、未来(さき)へ進もうとするものなど。








ロイさんの日に。


2008/06/01

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