短編U

□誘導尋問(P1)
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 久しぶりにイーストシティを訪れた少年を誘って食事に出かけた。
 誘導というほどのことでもない。
 自分の半分しか生きていない子供を言いくるめて承知させることくらい、朝飯前だ。
 まして、口は悪くとも根は素直でまっすぐな彼であれば──


誘導尋問


 気さくな店だが厳選された食材と一流のシェフによる料理は、高級ホテルのレストランにひけをとらない。
 もちろん、出される料理に見合った代価は必要だが、それがいかほどのものだというのか。
 年単位の努力が身を結び、ようやく構えずに相対してくれるようになった少年とのひと時を得るためなら惜しむものなどありはしない。
 思ったとおり、肩肘をはらなくてすむこの店の雰囲気と料理は、普段の隙さえあればつっかかってくる態度を緩和させるのに充分な効果をもたらしたようだ。

 ひとたび心を開いた相手を疑うことのない、光のようにまっすぐな金色の少年は、出される料理に舌鼓を打ちながら、機嫌よく旅の出来事などを話してくれる。
 私の相槌や質問にも打てば響くように答えが返り、非常に心地よい食事タイムは、なんの問題もないままそろそろ終盤にさしかかっていた。
 邪気のない笑顔。
 屈託のない笑い声。
 長く求めていたものが目の前にあるというのに。
 なぜだか私の心は鬱屈したものを抱え込みはじめていた。

「ごちそうさまでした。すっげ、うまかった」
 店を出たところで改めて礼を述べてくれるその素直な仕草。
「どういたしまして」
 定石どおりに返事をして、宿まで送ろうと歩き出せば、少しだけ照れくさそうに、ありがとう、と隣に並ぶ。
 歩きながらの他愛ない会話は、頬をつねって自分が夢を見ているのではないことを確認したくなるほどに穏やかだった。
 今までの、まるで張り合うかのようだったエドワードとは違いすぎるその態度。
 それは本当に彼の本心からの行動なのか。
 それとも、私の誘導によるものなのか。

 だとしても文句を言う筋合いなどないだろう。
 今の状況は私が望んだものなのだから。
 自嘲に歪みそうになる頬の筋肉を意志の力で制御する。
 なぜ私はこの状況を素直に喜べないのだろうか。

 言えば怒るのだろうけれど、エドワードは子供で私は大人だ。
 しかも、人を動かすことに慣れたずるい大人だ。
 エドワードのようにまっすぐな少年の思考を、そうと気付かれないように操作し、自分が思うような行動をとらせることくらい、わけない。

 言葉にすべきではない、と思っていながらも、エドワードが素直なら素直なほど、反比例のように溜まっていく鬱屈が、つい口を滑らせてしまった。


「ずりぃよな、大佐は」
 予想に反してエドワードは怒らなかった。
 少し困ったような顔をして、ちらりと私を見上げる。
「オレが自分の意思で行動してるって、認めてくんないんだ」
「……そういう意味ではないよ」
「そういうことだろ?」

 エドワードに対してどうこう言うつもりは毛頭なかった。
 ただ、自分自身に対しての告悔というか。
 いや。
 そんな格好つけたものですらない。ただの愚痴だ。

「オレはオレの意志で今の自分を選んだよ。国家錬金術師になることも」
 目先の瑣末事しか考えていなかった私に、エドワードは彼にとって最大のターニングポイントであった出来事をつきつけてきた。
 そんな大仰なものではなかったのに、私は彼の根幹に関する部分に土足で踏み込んでしまったようだ。
「今のオレがあるのは、オレが選んだ道をオレ自身の足で歩いてきた結果だろ」
「どちらかを選ぶことをつきつけたのは私だ」
 ──このまま鎧の弟と絶望と共に一生を終えるか! 元に戻る可能性を求めて軍に頭を垂れるか!──
 車椅子に沈んでいた小さな子供が脳裏に甦る。
 考えるまでもなく、11歳の、しかも負傷した少年に提示するような内容ではない。
「だとしても、それを選んだのはオレだろ」
「きみとって選ばざるを得ない選択をつきつけただけでも?」
「選ばざるを得なかった道だとしても、それを選んだのはオレだ」
 きっぱりとした口調に私はそれ以上何も言えなくなる。

「ずるいのは君だ」
 ぽつりと呟いた私の言葉はエドワードの耳に届かなかったようだ。

 立ち止まってしまっていた私を金色の光が振り向いた。
 不本意気に眉間に皺を寄せている。
「確かにさ、大佐と出会ったことでオレの人生って大きくかわったし、大佐の言葉ひとつでオレの行動が左右されることは多いよ。
 でも、それでも、行動しているのはオレだし、そうするって決めたのもオレ自身だ」
「私がそう仕向けているだけかもしれなくても?」
 苛烈な光が私を射抜く。
「アンタ、オレに何を言わせたいんだ?」
 きみに? 何を?
 そんなものは別にない。
 私を睨み付けていた黄金珠がふいに逸らされた。
「オレ、そんなに意思よわくないぜ」
 それはそうだろう。
 他者に流されることなく、自分自身の足で歩くきみだからこそ、私は──。
 ああ、そうか。そうだったのか。

「このまま宿へ帰るか?」

 唐突に質問をつきつけた。
 私が望む答えを導くための誘導灯をひとつとして点けることなく、答えを辿るためのどんな道筋を示唆することもせずに。
「え?」
「選択肢は三つだ」
 私が求めているものは、私の扇動によるきみの答えでなく。
「弟の待つ宿に帰る。別の店に行く。私の家に行く。どれを選ぶ?」
 私の思惑など無関係に、きみ自身が選んだ答え。

 さぁ、きみはどれを選ぶのか───。






2008/04/06

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