短編U

□A sweet sin(P2)
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 黄金色の嵐がやってくる日、私は普段より多くコーヒーを飲む。
 東方司令部名物の薄くてマズいコーヒーは、一口含むたびに思わず眉間にシワが寄るシロモノだ。なぜそんなものを好んで飲むかといえば、そうまでしなければ、自然と緩んでくる表情をひきしめることができないからだ。
 それほどまでに私は彼が訪れてくれる日を心待ちにしているのだが、残念なことに相手はそうでもないらしい。
 本当はこんなとこ来たくないんだ、と顔に大書して、そのくせハボック達に構われてバカ笑いをしている。 
 それが面白くなくて、大人気ない、と思いつつも盛り上がるその場に水を注す。
「鋼の、報告を聞こうか」
 そうして、盛大に顔をしかめる彼を自分の執務室に招きいれる。
「今回もスカばっかりだったぜ」
 もうちっと有益な情報ってやつはないのかよ、と憎まれ口を叩きながら、薦められないうちからソファにどさりと座り込む。
「君ね、もう少し態度ってものを考えてみたまえ」
 私は君より年上で、上位の軍人で、しかも…。
「ふんっ」
 くどくどと言いかける私の言葉を、鼻息ひとつで吹き飛ばし。
「必要があればそうすらぁ」
 敬うべき相手には敬語も使うし、謙虚な態度も見せてるよ、と。つまりは、私にはそんなもの必要ない、とつきつけてくる。
「まったく……」
 首をふりながら嘆息して、私は、彼の前のソファへと腰を下ろす。
 いつものように執務机に座らなかったことに、ほんの少し意外そうな顔を見せる。
 ソファーの間の低いテーブルに肘をつき手を組む。そこにあごをのせて、下から覗き込むように彼の金の瞳を捉えた。
 ふいっとそらされる、その小さな頤に手を伸ばして、視線をむけさせる。
「鋼の」
 なだめるように呼びかけたのは、逃げても無駄だよ、と言外に告げるため。
 しぶしぶと視線を合わせ──かけたのに、またしても金のまなざしは別の場所へとむけられる。
「何か――あったのだね?」
「えっ?!な、何かって?!」
 捉えたままの手の中で、小さな顔が小さく反応した。
「トラブル──ではないな」
 軍絡みのトラブルであれば、来る早々文句を言ってくるはずだ。そもそもトラブルごときで落ち込んだりへこんだりはしないだろう。
「何かつらい出来事でも?」
 びくり、と先ほどより顕著な反応を見せた小さな頭は、ようやく私を真正面から見つめた。
「――なんでわかんだよ」
 金色の瞳がまっすぐに私の瞳を射抜く。
 逃げるのはやめたらしい。
「君のことだからね。たいていはわかるよ」
 手を離し、ゆっくりとソファに背を預ける。
「余裕ぶっこきやがって」
 忌々しそうに睨んでくる光に、そんな状況ではないのに、ぞくぞくする。
 余裕がある、と。そう見えていることに安堵すると同時にもどかしさを覚える。
 まだ君は私の想いの程を理解していないのだな、と。
「ダテにその歳で大佐やってないってか」
 ふぅ、とため息とともに吐き出された台詞は、私へのプラス評価と受け取っておこう。
「別にこれくらいたいしたことじゃない。君はわかりやすいしな」
 ずっと見てきたのだ、それくらいのことわからなくてどうする。
「隠してるつもりでもバレバレだ」
「るせ」
 言い返す言葉もいつもの歯切れのよさがない。よっぽどのことがあったに違いない。
「ほら、話してみなさい。口にした方が楽になるぞ」
「……うん。特に何かあったってわけじゃないんだ」
 そう口火を切って、とつとつと語り出した。
「なんてのかな。いろいろ頑張ってるつもりなんだけどさ。仮定したいろんな論理もうまくいかないし、賢者の石なんてあるわけないって言われるし、オレ、やっぱりダメなのかなぁ、って思ったりさ…」
 私を射抜いていた瞳は徐々に伏せられ、述懐につれ頭もうなだれていく。
「何がダメなのかね?」
 語尾を上げたのは、そんなはずはないだろう、という否定の否定だが。
「本当にそうかな…?」
 それを否定する声は、今まで聞いたこともないほど小さく頼りなかった。
「……全然前に進んでる気がしないんだ」
 聞き逃してしまいそうなほどひそやかな呟きは、初めて見せた弱音だった。




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