短編U
□焚き火(P2)
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木の枝越しに見える空は僅かに暮色を伺わせている。夏は日暮れが遅いとはいえこれだけ木々の生い茂った森の中ではすぐに足元も見えない闇に飲みこまれそうだ。
早く見つけないと……。
エドワードは足早に森の中を進んでいく。
ブリーフィングに同席しておいて良かった。あの時に地図はじっくり見たからあたりの地形と現在地はわかっている。この先を下ったところに沢があるはずだ。
作戦内容とその後の少将との会話、そして先ほどようやく合流を果たした兵士たちから得た情報を総合的に判断すると、沢沿いのどこかに彼はいるはずだった。
上流か下流か。
川岸に出て、逡巡したその瞬間。薄暮の空に向かって朱紅の光が伸びた。
その場所、上流方向。直線距離にして約800メートル。
想定していたよりはるかに近く、思わず安堵の吐息が漏れた。
はやる心を抑えて運ぶ軍靴の下で下草が踏みにじられていく。足早に沢を遡るとすぐに人影を捉える。
清流が流れていくその脇の、無造作に積み重なった石のひとつにその人は腰掛けていた。
「少将!」
蒼碧を纏って空を見上げていた横顔に向かって声をあげる。
「やぁ、鋼の」
緊迫感のかけらもない、いつもどおりの台詞に力が抜けた。
「どこをどうやったら少将閣下が迷子なんぞになれるんでしょうねっ!」
イヤミったらしい台詞とトゲトゲしい口調は安堵感の裏返しだ。
「仕方ないじゃないか」
落ち着いた微笑を浮かべたロイに反省の色はない。
「確かに一番良い方法かもしんないけど!」
森の中で強い火力を伴う焔の錬金術を使えば、山火事に発展しないとも限らない。しかし、自ら囮となるなど閣下と呼ばれる人の行動としてはとうてい思えない。
おまけに、援護するはずの部下とはぐれ行方不明になるなんて、どれだけ周囲の人間に心配をかければすむのか。
がけから落ちたらしいと聞いたときには心臓が止まりそうだった。
「足をね、ひどくくじいてしまったようだよ」
軽い口調とふてぶてしいほどの笑顔をエドワードは睨みつけながらロイの足を手早く確かめる。
「どのみちもう日が暮れる。動くのは朝になってからだ」
手早く集めた枯れ木と枯れ葉を組み合わせた。言葉や合図がなくても意思は伝わり、発火布がこすれる音が小さく響いてすぐに炎が踊りだす。空の夕映えを写したように、焚き火の周囲がオレンジ色に染まった。