短編U
□苦悩─telephone─(P2)
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「どうした、おまえからかけてくるなんて珍しいじゃないか」
「まぁな」
電話線の向こうから少しくぐもった声が響く。
らしくもなくはっきりしない口調。
何があったのか。
「どうしよう、ヒューズ」
水を向ける前に耳に届いたのは情けないにもほどがあるぞ、ってなくらい情けない声。
「はぁ?」
どうしよう、とそういったのか?
士官学校時代から数えて随分の付き合いになる。常に傲岸不遜・傍若無人・唯我独尊・独力独歩な、この男が「どうしよう」だと?
驚いて混乱しているこちらなど頓着せずに続く言葉。
「見つけてしまったんだ」
何を?だなんて聞く必要ない。付き合いの長さは伊達じゃない。
「そりゃ、めでたいことじゃねーか。なのにどうして『どうしよう』なんだ?」
自分にとってのたった一人を。
そういうことだよな?
「相手が問題なんだ」
「……人妻、とか?」
「いや、独身だ」
「じゃぁ今現在恋人がいる、とか」
「いや、まだ15だし、今まで付き合った相手もいないらしい」
「……子供じゃねぇか」
だから、どうしよう、なのだろうか?
「あぁ、子供だとも。しつけはなってないし、口は悪いし、頑固だし」
おいおい、それが惚れた相手に対する評価なのか?
ロイ・マスタングともあろうものが、そんな相手に惚れたというのか?
「頭の回転は速いし、人の心の機微にも聡いし、そのくせ人の想いには無関心だし、充分に人を惹きつける容姿のくせに自分の魅力には無頓着だし」
おいおいおい、それはなんだ?ノロケか?
「それでも……」
「おまえにとってはたった一人の相手、なんだな?」
「そうなんだ」
やっぱりノロケだな。
「はいはいはい。それで?」
「それで、とは?」
「おまえがその相手にベタ惚れなのはわかった」
この会話だけでそこまでわかってしまう。
長いつきあいだがここまで動揺したロイ・マスタングなんてみたことない。
「いや、そういうわけでは……」
「そうなのか?」
ついでに片想いに悩むロイ・マスタングだなんて、お目にかかれるとは思っていなかった。
「ただ、失えない、と思っているだけだ」
充分じゃないか。
それがベタ惚れでないなどとどうして言えるのだ?
物にも人にも執着しなかった、あのロイ・マスタングがたった15歳の少女を失えないと思っているだなんて。
「で、首尾は? うまく行ってるのか?」
どうしよう。と言ってくるくらいだから上手く行っていないのだろうか。あのロイが本気になってどうにもならない女がいるとは思えないが。
「それが……恋愛に興味はないと………」
15歳の女の子なんて、恋に恋するオトシゴロかと思ったがそうでもないのか。まぁ、ロイが夢中になるくらいだから普通のお嬢さんじゃないってことなのだろう。
もともとこいつの手管は大人の女性との一夜のアバンチュール向けだしな。
「んで、打つ手もわからずに『どうしよう』ってことか? ん?」
「あぁ、まぁ、それもそうなんだが……」
煮え切らないロイ・マスタングというのも珍しい。
こんな情けないロイ・マスタング、士官学校時代の友人がみたら腰を抜かすんじゃないだろうか。
「なぁ、ヒューズ……」
いちいち語尾が不安定に揺れるだなんて、実際、自分が応対しているのでなければ、人から聞いたのであれば絶対に信じないと断言できる。
「別に偏見を持っていたわけではないし、気味が悪いなどと思ったこともない」
惚れた相手をか? そういや、しつけがなってないとか、口が悪いとか言ってたよな。
ダウンタウンあたりの住人なのだろうか?
「もちろん、侮蔑していたわけでもない」
それとも、もっとダークサイドの住人とか?
「そんなつもりはなかったんだ」
ちょ、ちょっとまて? なんなんだ? その告悔みたいな台詞と口調は。
「まさか、おまえ…!」
手順を踏まずにコトに及んだとか言わないよな? 相手は15歳なんだろ?!
確かに、貧困層であればまだほんの子供といった年齢の娘でさえ生活のために春を鬻ぐ。まさか、ロイの相手はそういう娘なのか?!
「自分には関係のない世界の話しだと思っていたんだ」
確かに、金を出さなくてもいくらでもよりどりみどり、相手に困ったことのないコイツのことだ。そういった世界の住人とは文字通り、住む世界が違う。
「これは恋愛なのだろうか」
そこまで骨抜きにされていながら、自覚がないのか?
いや、認めたくないだけだな、これは。