短編U
□ただ過ぎ行くは歳月のみ(P5)
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お題の台詞
「エド兄が好き…!」
年齢逆転でロイ→エド
ただ過ぎ行くは歳月のみ
《設定》
エドワード・エルリック(30):東方司令部所属大佐(鋼の錬金術師)
アルフォンス・エルリック(29):エドの弟で副官(中尉)
ロイ・マスタング(16):士官候補生
東方司令部が研修の士官候補生を迎え入れたのは、薄日の射す寒い冬の日だった。
「三週間と短い期間ではありますが、よろしくお願いいたします。エルリック大佐」
大きな窓を背に座る、実質上の司令官と目されている大佐は複雑な表情で着任の挨拶をする研修生に頷いてみせた。
「やれやれ、お前まで階級で呼ぶようになっちまったのか」
最近じゃアルも「兄さん」って呼んでくれなくなったしなぁ。
ぼやくエドワードに、上官が軍規が乱れるようなことを奨励してどうするんですか、と冷ややかな一言がなげられる。
士官学校の制服に身を包んで大きな机の前に立つ、黒髪黒瞳の少年は二人の会話を直立不動のままおとなしく聞いている。
「まぁいいや。エルリック中尉、マスタング士官候補生をロックベル中将のところにつれてってやれ」
「Yes,sir」
「マスタング士官候補生、着任の挨拶をすませたらエルリック中尉に司令部をひととおり案内してもらえ。迷子になっても探してやらないからな」
笑い含みの言葉にムッとしつつ、アルフォンスを見習って敬礼で答える。
ドアのところで一礼して退室しようとしたそのとき。
「ロイ」
単音ふたつきりの短い自分の名が特別な響きで呼ばれる。
以前と変わらないその音と笑顔に、心臓がどきりと音を立てた。
「良く来たな」
もう一度深々と頭を下げることでしかロイは自分の表情を隠すことができなかった。
東方司令部のエルリック兄弟と言えば、中央でも名が通っていると知ったのは、士官学校に入ってからだった。
錬金術の才能を見出され、エルリック家に引き取られたのは11歳の時だった。それから住み込みの弟子として生活を共にしたのは2年間。
若いながらも天才的な錬金術師で、軍人としても優秀なことはわかっていたけれど、それがこの軍事国家のなかでどういう意味を持つのか考えたことはなかった。
入学早々に知り合った情報通の友人に『お前の保護者って、あの【鋼の錬金術師】なんだって?』と興味津々顔で聞かれ、初めて『社会の評判』というものを意識した。
自分が何をしても、多くの人はその背後に【エドワード・エルリック】を見るのだということを。
もともと悪目立ちするようなタイプではないロイだったが、それに気付いて以来、ロイは品方向性な優等生であることを自分に課してきた。
たとえ針の先ほどのわずかな傷でも、自分のせいで彼らに累が及ぶような真似をするわけにはいかなかったから。