短編U
□戦場で…(P2)
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お題の台詞
「明日がこの世の終りでも、オレはきっと幸せだぜ。あんたが隣にいてくれたらさ」
照れ笑いながらまくし立てるエドを奪い去るように抱きしめるロイ。
戦場で…
ふたつの道があって。
どっちの道を選んでも、選ばなかった道の先にこそ求めるものがあるような気がして。
どちらも選べない。
緩やかに広がる闇の帳に覆われて、緑の木々が黒々とした影にかわっていく。
木立に隠れるように張られた天幕がいくつも見られる野営地のあちらこちらで兵士達が交わす噂話がひそやかに広まっていく。
焔の錬金術師がやられたってよ。
マスタング准将がいなかったら……。
鋼の錬金術師がいるじゃねぇか。
けっ、国家錬金術師ったって子供だろ。
漣のように静かに押し寄せる、不安と諦めの入り混じった空気は夜気より早く野営地を飲みこんだ。
その野営地の中央、他のものよりは幾分大きな天幕の中で、この隊の指揮をとる男が横たわっている。
「鋼の」
苦しそうに眉を顰め、それでも張りのある声がエドワードを呼ぶ。
傍らに控えていたエドワード以外に人はいない。
「これ以降、君がこの隊の指揮を執れ」
「え?!」
「今いる者のなかで、どうやら君が一番階級が上のようだ」
「そ、んな!」
少佐だなんて肩書きをつけられたって、肩にニ本の線と一つの星をのせていたって、自分がまだガキでしかないことなど、己が一番良く知っている。
「余計なことは考えなくていい。君の任務は生き残ったものをまとめ、本隊に合流する、ただそれだけだ」
二人の国家錬金術師に率いられた少数精鋭の別同部隊を壊滅させるわけにいはいかない。
その判断はロイにとって当然で、だから現状を鑑みて出せる指示はそれしかありえない。
「動けないものは置いて行け。そして本隊と合流できたら迎えをよこしてくれ」
それまで隠れているから、とロイは言うけれど。
すでに「焔の錬金術師、負傷」の報は敵にも味方にも伝わっているだろう。
焔の錬金術師が直接指揮を取るからこそ、この隊の働きは目ざましく、またイシュヴァールの英雄がいるからこそ、兵士達の士気は高く生還率も高いのだ。
敵対するアメストリス国軍の中にマスタング准将がいるというだけで、クレタ側には動揺が走る。
良くも悪くもロイ・マスタングの動向は敵味方の区別なく、戦局を大きく左右する。
「断る」
「鋼のっ!?」
ロイの指示は一見正しいように見える。
しかし、ここで隊をふたつに分ければ、残留部隊に負傷者であるロイがいるとバラしているようなものだ。
移動していく隊に焔の錬金術師がいないことが確実なら、追撃して一網打尽にするチャンスとみなすだろう。
そして、負傷した司令官を守るために残された隊もろとも各個撃破されるだけだ。
ロイの指示に従うことは、この隊に所属する全ての兵士たちを危険にさらすことだ。
それくらいの判断をつけられずに、どうしてマスタング組の一員を名乗れようか。
そして、この男の本当の意図するところが別にあることも知っているから。
「第一、焔の錬金術師を、イシュヴァールの英雄を、置きざりにしたオレに誰がついてくるんだ?」
焔と鋼、ふたつ揃ってこそだろう、と。
ベッドを見下ろす金色の瞳はロイを射抜く。
返す言葉もなくただ見返していると、ふいにその目が緩む。
「まぁ、半分は私情だけどな」
置いていけ、なんて言うなよな。なんのためにオレが軍服着てんだと思ってんだよ、と照れくさそうに。