短編U

□始まりの合図(P1)
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お題の台詞
「君がこわいよ、まるで私が傷つかないとでも思っているのか」



始まりの合図



 気付いたとき、あたりは暗かった。
 もう夜か、と漫然と思って起きようとして、首の後ろに鋭い痛みが走り抜けて思わずうめく。
「気が付いたか」
 響きのいい低い声に驚いた。
「たい、さ?」
 なんで?
 えっと、オレ?
「ケンカの売買はもう少し考えて行ったほうがいいぞ」
 冷ややかな言葉に事情を思い出した。
 チンピラに絡まれてケンカになって。殴られて意識を失って──。その直前、遠くで「鋼のっ」と叫ぶ声を聞いた気がしたけど──。
「どこだよ、ここ」
 起き上がったら少しだけ頭痛がした。
「さぁな。どこかの倉庫かなんかだろう」
 思ったより近い位置から大佐の声がする。
「アンタ、なんでここにいるんだよ」
「たまたま通りかかってな」
 暗くてよくわからないけど、肩をすくめた気配。
「どうせサボってたんだろ」
「君のケンカにまきこまれるほどヒマではないのだがね」
「へぇへぇ、さいですか」
 適当に返事をしながら、手足をあちこち動かしてみる。
 うん、大丈夫。生身の部分も機械鎧もちゃんと動く。
「しかし、おかげで君と二人の時間が作れた」
 ゆっくりと大佐が近づいてくる気配。
 しまった。さっさと立ち上がって逃げておくべきだった。
「鋼の」
 じりじりとオレは後ろにさがる。
「そろそろ色良い返事をもらえないかね」
 背中が壁にぶつかった。
 ヤバイ、これ以上は下がれない。
「バカなこと言ってないで早くこっから出ようぜ」
 壁なんざ壊しちまえばすむことだが、問題はこの監禁場所ではない。
 オレににじりよってくるこの大人だっ。
「バカとはひどいね」
「あー、腹減った〜。なー、メシ食いに行こうぜ」
 わざと軽い口調で言ったオレの、髪をかするようにして腕が伸びてきた。
 顔の両脇に、暗くても見えてしまうくらいの近距離に青い腕。
「食事などどうでもいい」
「アンタはどうでもいいかもしんないけど」
 だんっ、とオレの後ろにある壁が啼く。
 その音と衝撃に「オレは腹がへった」と続くはずの言葉は途切れた。
「鋼の」
 低い声が空気の振動を伴ってオレに届く。
「私の気持ちは何度も伝えたはずだ。君が好きだと」
「オレも何度も言ったはずだぞ。アンタなんかキライだって」
 当たり前だろ?
 なのに、何度キライだと言っても大佐はオレを避けてはくれない。
 それどころかこうして寄ってくる。
「ちょ、ちょっと待てって!タンマっ!」
「待たない。いや、もう待てない」
 壁と床と大佐の両腕との狭いすきまに囲い込まれて。
「そんなに私が嫌いか?」
 だってアンタはいつだって偉そうで、イヤミったらしくて、むかつくヤツで、大人で男でめったに逢うこともなくて……
「オレはアンタなんかキライだっ、バカっ!」
 だから、恋人として、なんて言われてはいそうですか、なんて頷けるかっつーの。
「君がこわいよ」
 大きく吐き出した息と言葉が頭の上から降ってくる。
「私が傷つかないとでも?」
 へ?
「好きな相手からキライだといわれれば私とて傷つくということが、君はわかっているのかな?」
 前髪が揺れた。
「君が好きだよ。鋼の」
 息が届くほど近くに大佐がいる。
「鋼の」
 闇に融ける黒い瞳がオレを間近で覗き込んでいる。
「鋼の」
 吐息まじりの声がオレを呼ぶ。
「そんなに私が嫌いか?」
 さっきと同じ問いに、同じ返事ができなかった。
「側にいることも耐えられないほど嫌なのか?」
 その声が。
「会話をするのも嫌だということなのか?」
 その瞳が。
「そこまで嫌われているわけではないと思っているのだが?」
 あんまりにも真剣で。
「それとも、そう思うのは私のうぬぼれなのかな?」
 続けざまに問われる質問に、一音の声さえ出ない。
「鋼の」
 オレの銘を呼ぶ声は、司令部で聞くのとはまるっきり違ってて。
「私が嫌いか?」
 あぁ、もうっっ!
「嫌いではないだろう?」
 言葉とは裏腹に臆病なほどに不安な色が見える瞳を。
「アンタなんかっ!」
 渾身の力を込めて睨みつけて。
噛み付くようにキスしてやった。



 ───それがオレたちの始まりの合図。






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あとがき

お読みくださってありがとうございます。

二周年企画お題第五弾です♪
お題の台詞は適当にアレンジOKということでしたので、ロイさんの口調にあわせて少々変更させていただきました。
今回のお題をくれた相棒に敬意を表して、私達の大好きなあの作品へのオマージュ(というより単なるパクリ?)です(笑)

企画にご参加くださいまして、本当にありがとうございます。
お楽しみいただけると良いのですが。


2008/02/24

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