短編U

□悪夢の元(P1)
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お題の台詞
「たまには素直になれば?」
 二人同時に。



悪夢の元




 それ相応の地位をもつ軍人同士が声高に言い合う姿、というのはそう見られるものではない。
 かといって、見てみたいなどと思わない。あぁ、思わないともっ!
 その場に居合わせた数多くの下士官たちは、心の中で握った拳に力を込めた。
 きっと今夜見る夢は悪夢に違いない。
 イシュヴァールの英雄として名を馳せた、焔の錬金術師、あの、ロイ・マスタング中将と。
 国家錬金術師資格取得最年少記録を未だ破られていない、天才・鋼の錬金術師として名高い、あの、エドワード・エルリック中佐の。
 二人の口論の場に、誰が居合わせたいと思うものか。
 ここが軍の大食堂でさえなければ、二人の半径30メートルには誰も近寄らないに違いない。

「ぜってぇー、その論理はおかしいって言ってんだろっ!」
「しかし、君のその根拠は弱いだろう」





「アンタの論拠の方が弱いって!」
 中佐が中将をアンタ呼ばわりしたことに息を呑むたくさんの兵士たち。その中で幾人かはエドワードが炭になることを本気で危惧していた。
 そんな中、平気で飯を食べる年嵩の軍曹がいる。
「心配しなくともあのお二方ならあれが日常茶飯事さ」
 10年近くも前、まだ鋼の錬金術師が正規の軍人としてこの青い服を纏う前の、マスタング大佐(当時)に突っかかる子供の姿は東方司令部の名物だったと聞く。
「いやー、久しぶりにみるなぁ」
 この中央司令部でも語り草になっている「焔VS鋼」をこの目で見たことが自慢の軍曹は食後の茶をすする。
「で、でも、このままではまずくないですか?」
 軍曹が目を上げれば、確かにエルリック中佐は今にも中将に掴みかからんばかり。
 二人がお互いをどう認識していようが、周りに与える影響はハンパでない二人だから。
「そうだな。それじゃ、冷却剤にご注進してくるかな」
 トレイを返却口に返しながら、ごちそうさまでした、と厨房へ声をかけてから軍曹は食堂を後にした。




 軍の階級って絶対のはずじゃなかったっけ、と決して疑ってはいけないはずの疑問を胸に抱えながら、下士官達はまた恐ろしい光景を目の当たりにする。
 どうして俺はこの日この時間に食堂に来てしまったんだろう、と我が身の運命を呪わなかったものは少数派に違いない。
 左手に中佐の襟首を、右手の銃を中将のこめかみに突きつけた、大尉。
 という構図は、下士官たちが今夜見るであろう悪夢を五割り増しにした。
「誰にも迷惑のかからないところで、ゆっくり討論なさってください」
 しかし、はた迷惑な二人を食堂から追い払ったリザ・ホークアイ大尉には、大きな拍手が贈られたことは言うまでもない。




 追い出された二人がどこへ行ったかというと。
 誰にも迷惑のかからないところ、言えば。やはりおいそれと人が訪れることのない、中将たるロイの執務室へと場所を移していた。
 さすがにホークアイ大尉の登場でヒートアップしていた感情は一気に急降下したものの、二人とも不機嫌さは消えていない。
「だいたい、あんたがしつこいからだろ」
「君が自分の意見に固執するからだ」
「よっく言うよ。固執してんのはあんたのほうじゃん」
 気分と同じく言い合う内容も急降下したらしく、お互いの間を行き来する言葉は、かなりレベルダウンしている。
「錬金術師としても軍人としても柔軟な思考を失くしては命取りだぞ」
「あんたに言われたくねぇっての。このまま頑固ジジイになってくんだろうな、あんた」 その内容は既に子供の喧嘩以下。
「何を言う。頑固なのは君の専売特許だろう」
「あんたほどじゃねぇよっ」
 ギリギリと睨み合うのは、お互い引くにひけなくなってしまったからだ。
 このまま続けても意味の在る言葉などひとつも出てこないことなど二人とも充分に承知しているのだけれど。
「自分の意見を言い張るところは駄々っ子のままだな」
「へーんだ、頑固ジジイ」
 かといって、今更他に言葉もみつからない。
 睨み合いがどれほど続いただろうか。
 ふいと、視線をそらしたのは同時だった。
「あー、鋼の」
「あ、の、さぁ」
 咳払いとともにロイが口に馴染んだ銘を呼ぶのと、決まり悪げに言葉をとぎらせたエドワードの言葉はほぼ同時だった。
 ちらり、と横目で互いを伺う。
「たまには素直になれば?」
 奇しくも異口同音に二人の声が重なる。
 ぎょっとしたように思わず、真っ向から向き合って。
 苦笑するロイと照れたように笑うエドワード。
「素直なあんたって、ちょっと不気味かも」
「それはこちらの台詞だよ」
 さらに苦笑を深くするロイに。
「でも、たまになら、いいかな?」
 なんてエドワードが笑うものだから。
「そうだね。私もまだ頑固ジジイという歳でもないし」
「オレももう駄々っ子って歳でもないしな」
 二人が互いにしか見せない笑顔で笑いあう。






 ただ。
 この笑顔は、本当に他の人には見れないものだから。
 やっぱり、この夜悪夢にうなされた下士官は数多く存在したのであった。






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あとがき

お読みくださってありがとうございます。

二周年企画お題第三弾♪
「たまには素直になれば?」をどちらか又は二人同時に言わせてみてください。というお題をあられさまから頂きました。
二人同時に、というところに非常に萌えてその前後だけは頭に浮かんだものの、なかなかシチュエーションが難しい。軍豆で行こうと決めてあとはもう四苦八苦(笑)
なんだか非常にわけわからん展開になってしまいました。
すみませんっ、あられさま。せっかくこんなに素敵にお題でしたのに、こんな話しになってしまいました(滝汗)

企画にご参加くださいまして、本当にありがとうございます。
お楽しみいただけると良いのですが。


07/12/23


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