短編U

□薄暮降雨-ハクボニフルアメ-(P3)
1ページ/3ページ




 私がその二人連れに注意するようになったのは夕暮れに時に雨が振り出した日のことだった。
 フリーのライターとは名ばかりで、要は売れない文筆業の私はとにかく目に付いたこと、思いついたことを文章にして出版社や新聞社に売り込まなくては生活費を稼げない。悪天候であればあるだけかえって普段よりネタが転がっていることを私は経験上知っていた。
 だから、その日も防水のフード付きコートを着込んで街を歩き回っていた。

 まず、目に付いたのは薄暗い雨の中でもやけに目出つ金色の髪だった。
 あ、あのコだ。
 夏になる直前くらいから良く見かけるようになった少年。
 大都会、というほどではないものの、地方都市としてはそれなりに発展している──つまりは人口も、他所から訪れる人も非常に多い──この街で、数回みかけただけで見覚えてしまうほどに目立つ少年。
 しかし、私が最初に彼を認識したのは彼の容姿のせいではなかった。いや、外見が目をひいたという点ではかわらない。
 彼は右腕がないのだ。

 たった一本きりの左腕で荷物を抱え足早に歩く彼は、いつから雨にぬれているのかその金色の髪から雫をたらしている。
 自分がぬれるのはかまわないが荷物をぬらすのはまずいと思っているらしく、前傾姿勢で体全部を使って荷物をかばっている。
 さして重くはなさそうだが、片腕一本では持ちにくいだろう。いつかは水溜りの中に落としてしまいかねない。
 これは手助けしたほうがいいかな、と柄にもないおせっかいを焼こうかと彼にむかって一歩を踏み出したとき、雨音に混じって良く響く張りのある男の声が響いた。
「エドワード!」
 その声にびくんと顔を上げて声のした方を見る。黒い大きな傘をさした人物はあっというまに少年の横に並ぶと荷物をひょいと取り上げる。
 びっくり顔の少年は次の瞬間笑顔になった。
 雨の降りしきる暗い街角の、黒い傘の中がそこだけ夏の陽射しに照らされたように明るくなるほどの笑顔。
 男の顔は傘にさえぎられて見えなかったけれど、相手への信頼と親愛がはっきりとわかる表情に、見ているこちらの気分まで穏やかになっていた。
 そうか、彼はエドワードというのか。
 一つの傘の中、寄り添って立ち去っていく二人を私は見えなくなるまで見送っていた。




「失礼しました。みっともないところをお見せしてしまいましたね」
 穏やかな表情はついさきほどまで少年と言い争っていたとは思えない。
 私は曖昧に首を横に振ることしかできなかった。
「もう一度、詳しいお話を聞かせていただいていいですか? 義手、ということですよね?」
「えぇ、正式には『筋電義手』というらしいんですが」
 私は正面に座って身を乗り出してくる男性を不思議な気分で観察していた。
 カップを持つ仕草は優雅と評しても良く、性別を超えて人を惹き付ける魅力のある男だと感じる。
 黒い瞳は真摯に私の拙い説明に向かい合ってくれていて、ところどころで質問を挟むものの熱心に聴いてくれている。
「開発段階ですから、使い勝手についてはなんともいえないそうです」
「それでも『ないよりはマシ』かもしれない」
「はい。研究者はそう言っていました」
 難しい顔で考え込むその瞳に、すでに私は映っていないようだった。





 次に見かけたのは夜中だった。
 街路を歩く人影の見覚えのある金髪はエドワードに間違いない。
 こんな時間に少年を一人で歩かせるなど、家族は何を考えているのか、と半ば怒り半ば呆れていると、彼はふと足を止めた。
 街灯の灯りが円錐をつくるそのぎりぎりのところに男がたっていた。
 気づかなかったのは、その男が闇に溶けるような黒い髪で、おまけに黒い服を着ているせいだ。
 エドワードは光りの中には入らずにその手前で立ち止まると左腕を軽く上げた。
 すると、男は優しい笑顔を浮かべて光りの中から歩み出てくる。
 二人はそのまま暗い路地へと消えていった。

 その後もときおり街でその男とエドワードが並んで歩いているのを見かけた。
 いつの時でもエドワードは楽しそうに笑っており、男も優しげな笑顔でエドワードに応えていた。
 不思議な二人だと思いだしたのはその頃からだった。




次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ