短編U

□ある男の一大決心(P2)
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お題の台詞
「だから、その、結婚してくにゃにゃい!」
 とプロポーズの言葉をかませる


ある男の一大決心



 一大決心をした。

 悩んで悩んで、考えるだけの事象を考え、ありとあらゆる状況をシミュレートした。
 勝てる見込みのない勝負をするほど間抜けじゃない。
 それがどんな分野であれ、情報をあつめるところから勝負は始る。
 相手について調べ、周囲の状況や動向を調査し、まずは自分が優位にたてるよう事前に情報を操作し、必要と思われるところに駒を配置し、効率的かつ最大限にその効果を引き出せるタイミングで動かす。
 布陣は整った。
 あとは、目標が現われるのを待つばかり。


 何かひとつに執着したことなど、今までの人生であっただろうか。
 ない、とは言わない。
 たとえば士官学校への入学と軍への入隊。
 国家錬金術師という資格。
 軍という組織のなかの、たった一つの、椅子。
 それらに対するものが、自分のなかで一番の「執着」だったと思っていたのだけれど。
 あれを「執着」と呼ぶのなら、いま自分が抱えているものは何と呼べばいいのだろうか。「妄執」とでも呼ぶべきだろうか。

 その「妄執」の源がやってくる。
 用意周到に張り巡らせた、その中へ。
 あとは自分が動くだけ。


 さあ、今こそ。 


 横柄な態度の小さな錬金術師が東方司令部を訪れる。
 いつものとおり勧められる前からソファに座り込み、いつものとおり旅の報告をする。
 いつものとおりデスクからソファへと座を移し、いつものとおり報告書を受け取り、いつものとおり嫌味とも揶揄ともつかぬ会話をし、いつものとおり食事に誘い、いつものとおり断られる。

 いつものとおりでない会話をするにはどうすればいいだろうか。
 そこから先は準備万端に整えたはずなのに、そこに踏み込む一歩がつかめない。
 思案をめぐらす。
 何をどうすればいいのかわからずに躊躇するなど、30年足らずの人生で始めてのことかもしれない。
「どーした大佐、ヘンな顔して」
 まさか彼の方から糸口を提示してくるとは思わなかった。
 与えられたチャンスは最大限に生かす。
 それもまた立派な戦略だ。
「魅力的な憂い顔といってくれないか」
「それ、どんな顔?」
「こんな顔」
 ぬっと突き出された顔に金色の頭が慌てて引く。
「なんだよ、何か悩みごとか?」
「まぁ、ね」
「どーしたんだよ、らしくねーな、オレで役にたてることある?」
「なくはないんだけどね」
「なんだよ、大佐には世話になってるからな」
「世話、ね。自覚はあるらしいな」
「うっせーな、はぐらかすんなら聞いてやんねーぞ」
「はいはい」
 さて。ここからが本番。
「鋼の」
「なんだよ」
「君のその笑顔を独り占めさせてくれないか」
「は? オレに笑うなってことか?」
「いや、他の人には見せないでくれということなんだが…」
「ムチャ言うなよ。面白いこととかあれば、普通に笑うぞ?」
「いや、そうではなくて」
「じゃなんだよ」
 ふむ。少し高度すぎたようだ。
 では言い方を変えよう。
「私は君の帰る場所でありたい」
「へ?」
「君が『ただいま』と帰ってくる場所を、私の元にしてくれないか」
「まぁ、確かにここのみんなって『お帰り』って言ってくれるよな。やっぱ、ただいまって言ったほうがいいのかなぁ。どう思う?大佐」
「……まぁ、そのほうがみんなも喜ぶと思うがね」
「そっか、なんか照れくさいな」
 てへへへ、と笑う君はこちらの意図をまるで汲み取ってくれない。
 こほん、とひとつ咳払い。
「なんだよ」
「君ねぇ」
 ここまではぐらかされると虚しくなってくる。
 わざとでないのはわかっているが、いや、それとも……
「もしかして、わざとなのか?」
「何が?」
「いや、君、わざとはぐらかしているんじゃないだろうな?」
 だとしたら、かなりショックだ。
「はぐらかすって? オレ、大佐じゃあるまいし、そんな卑怯ったらしいことしないぞ」
「ならば、いい加減、私の真意を汲み取ってくれないかね」
「大佐の真意ってなんだよ」
 むっとした表情にわざとらしさは欠片もない。
 わかっていたさ。そんな器用なことの出来る人間ではないことなど。
 だからこそ。
「鋼の」
「だからなんなんだよ、さっきから」
 君とならどこまでも、どんな高みにでも一緒に行けると──。
「私と一緒にこの国を作っていかないか」
「なんだよ、それ、意味わかんねーよ」



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