小
□聞こえないのなら
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愛しているよ。
耳朶を打ったその一言に思わず顔を上げてしまった。
黒い…夜空より黒い瞳とかち合った。
自分の耳に届くと思ってなかったのか、漆黒の瞳は、しまった、というように見開かれている。
告げられた言葉の意味とその表情にあっけにとられていると。
口にするつもりはなかったんだ。忘れてくれ。
続いた言葉と伏せられた視線が、最初の一言がからかいや冗談ではないことを伝えてくる。
何も言えずに、ただただその白い頬を見つめ続けた。
金の瞳から放たれる視線を頬のあたりに感じる。
その琥珀に含まれる感情を知りたいと思うが、瞳に浮かぶものが、軽蔑や嫌悪であることを確認することが怖くて顔を上げられない。
本当に、告げるつもりなどなかったのだ。
外界を遮断して貪るように資料を読む姿はいつものことだというのに、なぜかやけに寂寥感がこみ上げて声をかけた。
何か役に立ちそうな情報はあったかね?
今回はいつまでここにいるつもりだね?
返って来たのは沈黙だけで、表情はピクリとも動かない。
何を言っても聞こえないのなら、告げるつもりのなかった想いを口にしても…と、そんな考えにとらわれた。