短編

□一夜─in the forest─(P2)
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 昼間は木漏れ日が差し込む穏やかな山林の中も、太陽がすでに峰の向こうに隠れてしまっては闇の帳に覆い隠されたも同然だ。
 木々の葉越しに薄暮の空が見えるが、これ以上進むのは得策ではないだろう。
 ぽっかりと広場のようにあいたその場所に足を止めてロイはエドワードを呼ぶ。
「鋼の」
「うん」
 会話とはとうてい言えない言葉が一往復するだけで充分だった。
 手際よくエドワードが枯れ枝と落ち葉を集め、それを組み合わせロイが指を擦れば暖かな焚き火の出来上がりだ。
 食べ物はないが水はさきほどみつけた泉で汲んである。野宿して凍えるほど寒い季節でもない。一晩くらいどうということもない。

 灰を被らないよう風上に2人で並んで座って炎をただ黙ってみていた。
 風が木々を揺らす音と、夜行性の鳥の鳴き声。ときおり小枝のはぜる音がそれに混じる。
「以前、山で遭難した子供たちを捜索したことがあった」
 突然話しだしたロイにエドワードは相槌を返すことなく、ロイもそれを気にすることなく言葉をつぐ。
「夜通し捜索したが、見つけ出したのは朝になってからだった。幸いけが人もなく全員無事に親元へ返すことができてほっとした」
 その時のことを思い出したのか、ロイは言葉と同時に息を吐いた。
 焚き火の炎がゆらりと揺れる。

「山を降りて良く頑張ったな、と声をかけられた子供の一人が泣きそうな、それでいて誇らしげな顔で、飴をひとつだけもっていたが自分だけ食べるのはずるいと思って我慢した。そう言ったんだ」
 枯れ枝を焚き火に放り込んだロイは、そのまま炎を見つめ続けていた。
「君もそうするんだろうな」
「オレ、喰えるもん、何にももってないぜ」
 同じように炎を見つめたままのエドワードは長い木の枝で焚き火をつついた。
 ダークグリーンの森を背景にオレンジ色の火の粉が舞う。
「それに、アンタもそうするだろ?」
「私はそういう人間ではないよ」
 炎に照らされた横顔に苦笑を刻んでロイは自嘲気味に言葉を続ける。
「私は、外にでていって一人でこっそり食べて、その証拠もきちんと隠滅し、さらに誰もが自分を疑わないような言い訳とともに戻ってくる。そんな人間だ」

「そうか?」
「そうだとも」
「いいんじゃん?それはそれで。証拠もなくて、疑われる余地さえなければ、それはなかったことと同じじゃん」
「そうか?」
 先程エドワードが口にした台詞を今度はロイが口にする。
「それでアンタ自身の良心が傷むというなら自業自得だし、別に気にならないっつーなら、それはそれだけのことだろ」
「そんなものだろうか?」
「そうだよ。少なくとも、オレはそう思う」
 揺れる炎から二人とも目を離さないまま会話は続く。
「それから、アンタはそんなことはしないね」
 揺るぎない自信を滲ませて言い切るエドワードに、初めてロイは視線を横に向けた。

「まず、そんなヘマな状況をつくるようなことはしないだろ」
 炎が眩しいのか、エドワードの金色の目は僅かに細められている。
「現に今、こんな状況なのに?」
 先発隊の先周りをしようと二人で山越えをするつもりだったが、とんだ誤算でこうして野宿するハメに陥っている。
「相手がオレだからだろ?」
 エドワードの言葉にロイは視線を炎に戻した。
「オレと二人だからどうとでもなるって思って山越えを提案したんだろ? もし、守るべき者がいたらアンタはそいつを守るために無茶なことはしないさ」
 どうやら確実な道を選んで確実にそれを成し遂げて行くと信じられているらしい。
「まいったな」
 炎に目を据えたまま、ロイは前髪をかきあげる。
 その仕草を横目で捉えてエドワードは微笑を口元にのせる。



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