短編
□ロイ・マスタングの苦悩 (P3)
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アルフォンスがダブリスの師匠宅に身を寄せることになったと伝えにきたエドワードは、次いでさらりと爆弾を落とした。
「で、オレは士官学校入ることにしたから」
爆弾を投げつけられた中央司令部所属のロイ・マスタング大佐は絶句したまま正面の人物を凝視する。
「なんだよ」
その沈黙を反対されていると受け取ったか金色の瞳は睨みつけてくる。
「言っとくけど、アンタの許可がいるなんて思ってないからな」
諸手をあげて賛成はできないがことさらに反対するつもりもなかった。しかし、かけられたその言葉に皮肉のひとつも返さずにはいられなかった。
「……仕官学校は子供の遊び場ではないのだがね」
「だぁれが小学校に通うほどのチビだって?!」
くわっと牙を剥いてからデスクの上に一枚の書類を置く。
「もうすぐ17だし、年齢的には問題ないってよ」
でも保護者のサインは必要だってゆーから、サインしてくれよ。
差し出された書類は間違いなく、はるか昔に自分も提出した覚えのある士官学校の入学に関するもの。
保護者記入欄以外埋められているその紙切れをしみじみと眺めていると焦れたように機械鎧の指がデスクをたたいた。
「アンタがサインしてくれないならホークアイ中尉に頼むからいいよ」
「中尉がサインするものか」
「だったら別の人に頼む。便宜上必要なだけだから大人なら誰だっていいんだし」
用紙を奪い取りそうな勢いで生身の左手を伸ばしてくる。
強硬に反対すればそこらにいる下士官を捕まえて無理矢理サインをさせかねないとため息をついた。
自分がサインすることでこの無鉄砲な子供に対して少しでも抑止力となるなら、とサインをした。
「私に火の粉がかかるような問題は起こしてくれるなよ」
もちろん、釘をさすのは忘れない。
それが本人の手足はそのままに、アルフォンスの肉体を取り戻した直後の話。
「アンタんチに置いてくれよ」
「はぁ?」
士官学校卒業の挨拶に訪れたエドワードは、またもや軽い口調で爆弾を投下した。
「下士官じゃないから寮に入れてくれねぇんだよ」
確かに、すでに国家錬金術師であるエドワードは士官学校入学前どころか12歳の子供の頃から少佐相当の位を持つ。当然、卒業後はそのままエルリック少佐となるわけだが。
「官舎も今は空いてないんだって」
左官であれば優先的に官舎に住めるわけだが、住宅事情の良くない中央は慢性的に官舎不足だ。
「ファルマン少尉んとこは狭いからって断られた」
ホークアイ大尉やヒューズ家はさすがにまずいだろ、と理路整然と続く。
「あとはもう中央に知り合いなんていないしさ」
そこまで言われてしまえば反論する余地もなく、どうせ部屋は余っていることだし、と深く考えずに了承した。
「下宿代はもらうぞ」
「ぼったくるなよ」
それが一年前。
もともとその子供のことは気に入っていた。
ふてぶてしい態度も強気なもの言いも、苦笑いを伴うものではあったけれど好ましく思っていた。
それが多分にハッタリを含んだものであることに気づいたのはいつだったか。
大人と張り合うにために身につけたのだろう、と僅かばかりの憐憫の情とともに思ったのだからかなり以前だと思われる。
軍部内では気を張っているのか若輩者と舐められないようにとの判断か、相変わらずいっそ傲慢なほどの態度をとっているが、家ではともすれば実年齢よりも幼い表情をみせることがある。
それは寝起きまでともにするようになって初めて知った顔だ。
交わす会話も内容こそ錬金術や軍の話題といった硬いものだが、以前のようにつっかかるもの言いではないのでごくごく穏やかに話は進む。
さすれば、くるくると変わるその表情に元々整った顔立ちとあわせて『可愛いな』と自然に思ってしまう。
中央司令部の廊下ですれ違えば、序列からエドワードは脇に寄り敬礼して上官が通りすぎるのを見送る。
お互い用事がなければ特に声をかけるようなこともないけれど、なんとなく心が浮き立つような気分になる程度には『お気に入り』の存在となっている。
軽く手を上げそれに応え、背中で靴音が再開されたことを確認してから振り向いた。
だいぶ成長したようだが青い背中はあいかわらず小さい。
ふいに『いとしい』という感情を覚える。
例えるならそれは。
お使いを頼まれた幼子が店で買い物をしているのに出くわしたような。
そういうものだと自分を納得させて歩を進めた。
それが半年ほど前。