短編

□self-consciousness (P5)
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 目が覚めたとき、そこは見知らぬ場所だった。
 ぼんやりとした意識に「兄さん、気がついた?」と弟の声が割り込み覚醒を促す。
「…アル……」
 弟を呼んだ声はかすれていたが、先生に知らせてくるね、と応えた声は安堵に溢れていた。
 ドアの開く音と閉まる音ががしゃんがしゃんと響く金属音の合間に聞こえ、そして遠ざかっていく。
 エドワードはゆっくりと息を吐いて視線をめぐらした。白い壁と白い天井。寝返りがようやく打てる程度の狭くて硬いベッド。サイドテーブルの上には水差しとコップ。
 身じろぎをすると腕にちくりとした痛みが走る。肘の内側から伸びる透明なチューブを目で辿れば点滴のボトルに繋がれていた。
 ゆっくりと目を閉じて記憶をさかのぼる。
 アグラムという町に『赤い石』の伝承があると聞いてやってきた。町外れの民俗資料館で伝承について調べて、いつものとおり空振りに終わり、次の町へ移動しようと駅に向かって──。
 そこで巻き込まれたのだ。爆発に。
 気づいたときは爆風で身体が宙を待っていた。マズイ、と思った時にはすでにレンガの壁が目前に迫っていて、その後の記憶がないから、きっと壁に叩きつけられて気を失ったのだろう。
 だとすれば、ここはアグラムの病院に違いない。
 ゆっくりと息を吐いて瞼をあける。
 寝たままの姿勢でぐるりと首を回す。痛みはない。
 次に右手。キシ…と硬質なものがこすれる音がして機械鎧が思い通りに動くことを確認する。
 それから左手──は、点滴に繋がれているから、拳を握って開くだけにしておいた。足も問題はなさそうだ。
 脳震盪をおこしていただけだと自分で判断を下す。痛むところがなければ、そうそうにこんなところから出て旅の続きに戻りたいところだが。
 アルフォンスの知らせでやってきた医師はエドワードの前後の記憶や最近の生活環境を確認する。
「疲労が溜まっているようだからもう一本点滴を打って今晩はゆっくり泊まっていきなさい」
 金色の瞳に別段注意をはらうことなく瞼をひっくり返すと、看護士に次の点滴の指示を出して病室を後にした。
 ありがとうございました、と深々と頭を下げる大きな鎧を幾分警戒しつつも点滴を用意して、今のが終わったら呼んでくださいね、と看護士も部屋を出て行った。
 広くもない病室に兄弟二人きりになると、エドワードは何かを言いたげな弟の機先を制するように口を開いた。
「今回は、オレのせいじゃないからな」
 いつもいつもトラブルに飛び込む兄を諌める弟は思わず吹き出した。確かに兄が何かをしたわけではないけれど、街を歩いているだけでこうしたトラブルに巻き込まれるのだから、これはもう兄の体質のせいと言えなくもないんじゃないかとも思うけれど。
「だれも兄さんのせいだなんて言ってないじゃないか」
 笑いまじりに言えばあからさまにほっとするエドワードには兄の威厳のかけらもなく、アルフォンスは言い淀んでいたことをするりと口にした。
「ボク、片付けの手伝いに行ってきていい?」
 爆発したのは老朽化していた工場の配管で、閉鎖予定だったために工場内に人はなく、脳震盪を起こしたエドワードをはじめ軽い怪我人しか出なかったのが幸いだが、崩れた瓦礫が道路を閉鎖してしまい町の人々が困っているのだと言う。アルフォンスが必要以上に目立つことを懸念するエドワードだが、どうせ兄さんは一晩入院でしょ、と言われてしまえば反対もできない。
 点滴の交換を見守ってからアルフォンスはがしょんがしょんと病室を出て行った。もちろん、おとなしく寝ててね、と釘をさすことは忘れずに。




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