短編
□誤解─Cupid─ (P2)
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「大佐って、もうすぐ30だよな?」
突然やってきた小さな嵐は何を思ったのか私の顔を見るなりそうのたまった。
「何を言う、まだ29にもなっていないのに」
「28も29も、30直前ってことにはかわりないだろ」
私の反論は十代半ばの少年には何の効力もみせずに一蹴された。
「大佐、好きな人いないの?」
まっすぐに問いかけてくる瞳は好ましいものだけれど、そんな質問を何のてらいもなしにぶつけてこれるということこそが、私の想いに行き場がないことを教えてくれる。
期待などしていない、と常々自分に言い聞かせてはいるけれど、それはとりもなおさず期待する心を消せないからだ。
「いるよ」
こんなことで気づいてくれるわけはないこともわかっているけれど、視線に想いを込めて簡潔に答えてやる。
「え?!」
驚愕する子供は来客用のソファから身を乗り出す。その瞳がきらめいているのは純粋なる好奇心で、私の想いをくみとったからではない。そんなことはわかっているのに僅かに期待をしてしまう自分が情けない。
「だれ? 教えろよ、だれにも言わないからさ」
ソファから立ち上がり、書類に向き合っている私の机ににじりよってくる。
「きみだよ」
精一杯真剣な目をして、込められるだけの誠実さを込めて、真摯な声音で伝えてみたが。
「そーゆーんじゃなくて!ちゃんとした恋愛対象の好きな人!」
はぐらかされたと思ったか口をとがらせ、重い機械鎧の手を机上について身をのりだすようにしてさらに詰め寄ってくる。
ここで私が身を乗り出せば簡単にキスのできる距離なのに。
「結婚したい、って思うような相手はいないのかよ!」
「結婚ねぇ、したいと思ったことはないな」
一人の人間にしばられることなどごめんだ、というポーズを崩さなかったから不名誉な噂と縁が切れたことはないし、それを気に病んだことなどないけれど。
「ふーん」
鼻の頭に皺を寄せて、花から花へってヤツか、やっぱりタラシなんだな、などと呟きつつ身をひく子供に誤解されたくないと思ってしまう。
「私の歩く道は険しいからな。結婚などして足手まといを抱えたくなどないのだよ」
自分の弱点を増やすようなことはできなかったし、覚悟のない人間を巻き込むようなこともできない。
聡明な子供は言外に込めた言葉を読み取って少し感心したような表情をつくる。
今口にしたこと。それは一つの理由。
光の子供に会うまで、その光に焦がれていることを自覚するまでは、たったひとつの理由だったのに。
「じゃあさ、足手まといにならない相手ならいいんだよな?」
喜色満面といった笑顔が私をみつめる。
その笑顔にそこはかとなく恐ろしいものを感じて私は慌てて言葉を足す。
「単に足手まといになるならないという問題でもないんだがね」
とたんに、なんでだよと不機嫌そうに睨み上げてくる金色の瞳。
このままではあまり望ましくない方向に話しが進みそうだ。
「どうしていきなりそんな話をもちだしたんだ?」
さりげなく逸らした話題に素直な子供は、昨日までいた小さな町で結婚式を見たんだ、と目を輝かす。
一人でも多くの人に祝福してもらった方が幸せになれるからって、たまたま居合わせただけなのに参列を請われた結婚式。新郎新婦が幸せそうに微笑んでいて、参列した人たちもみんな嬉しそうで。
「なんかさ、こーゆーのっていいな、って思ったんだよ。式のあとのガーデンパーティにまで招待されたんだけどさ、結婚式にしか作らないとかいう郷土料理がまためっちゃくちゃ美味くてさ」
その味を思い出したのかうっとりとした瞳を斜め上に向けてごくりとつばを飲み込む。
「それで、あの料理をまたたべたいなー。誰か結婚しないかなー、と思ったというわけか」
指摘事項は図星だったらしい、う、と呻いて俯く少年は、しかしすぐに反論を思いついたらしくがばっと顔を上げた。
「だって、ヒューズ中佐は結婚してんじゃん、アンタ同い年なんだろ」
ハボック少尉はいつも振られた〜って嘆いてるし、ファルマン准尉とブレダ少尉はそもそも恋愛に興味あるのか良くわかんないし、と続けて言い募る子供は、自分の知る中で一番『結婚』に近いところにいるのが私だと主張する。
確かに14歳の目にはそう写ってもおかしくないと、それは理解できるのだが。