短編
□チョコレートをあなたに…(P3)
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イーストシティ駅に到着してすぐに図書館に行ったけれど、今月の新着本にはめぼしいものはなかった。
期待薄だと思いながら開いてみた何冊かはやっぱりまるっきりの期待はずれで、これだったらここには寄らないで手持ちの情報を確認しにいった方がマシだったかもしれない。
「兄さん今のうちに司令部に行っといでよ。こっちはボク一人で十分だから」
確認すべき本はあと数冊。確かに二人でとりかかるほどでもないし、だったら明日さっさと出かけられるようにした方が効率的だ。
司令部に行くのは気が進まなかったけれど、イーストシティに寄っておいて顔を出さずにすませようものなら、後からどんな文句や嫌味を言われるかわかったもんじゃない。
そんなわけで、オレは白い息を吐きながら図書館から東方司令部への道を一人で歩いていた。
今日のイーストシティは風が強い。
もともと雪はあまり降らない地域だから北部のように立ってるだけで凍りつくような厳しさはないけれど、乾燥した空気は冷えていてコートを翻していく風は身を切るほどに冷たい。
司令部の建物に入れば風があたらないというだけで暖かく感じる。
大佐の執務室はさぞかしあったかいだろうと期待していったのに、残念ながら隣の大部屋に比べたら寒いくらいだった。
「やぁ、鋼の」
ノックと同時に開けたことに動じる気配もなく、胡散臭い笑みを浮かべてオレを迎えるのは毎度のこと。
嫌味と揶揄と軽口の応酬をたっぷりとくりひろげながら、合間合間に互いに必要な情報交換が行われることもすでに慣例だ。
「今回はいつまでいるのかね?」
オレが言うべきことを言い終えたことを感じ取って、このやりとりの終幕を告げる台詞がでる。これもいつものパターンだ。
「明日には出るよ」
たぶん、アルが調べてる本にもじっくり腰を据えて解読しなきゃいけないほどの情報はないだろうし。
「そうか」
これでこの部屋で行う手順はすべて終了。
あとはまたいくつかお決まりの台詞──騒動を起こすなとか、自重して行動しろとか、たまには電話してから来なさいとか、そんな類の──を聞いて、おざなりに返事をして部屋を出る。
このいつもどおりのパターンを踏むことで安心している自分がいることをオレは知っている。
けれど、今回はパターン通りではなかった。
「ではこれを」
この部屋の主は引き出しから出された長方形の箱を取り出してオレの目の前に差し出す。
「なにこれ」
「チョコレート、好きだろう?」
たいして大きくもないそれは品のいいアイボリーの紙で包まれて、ビターチョコレート色の細めのリボンがかかっている。
「そりゃ、好きだけど、何? どーゆー風の吹き回し?」
アンタに借りをつくるのはイヤなんだけど、と顔を顰めてみせれば。
「人の好意は素直に受け取るものだよ」
心外だなぁ、傷ついたゾという顔をしてみせるものだから、仕方なく受け取った。
きちんとラッピングされてるということは、誰かからもらったものだろう。
以外に律儀なこの男が、心のこもった贈り物をひょいひょいと人に横流しするようなことがないことをオレは知っている。
とすれば、これは儀礼的に受け取らざるをえない贈答品か。
「毒なんて入ってねーだろーな?」
まさかとは思うが、コイツの暗殺を企てようとしたバカが毒入りの菓子を送りつけたなんて可能性もまるっきりないわけじゃない。
「キミね」
あきれたようにため息をつく男は転がしていたペンを取り上げて、書類にサインを書き入れる。
「言っただろう、私の好意だと」
あれ、と思う。
ということはこれは横流しではなく、この男が用意したものだということだろうか。
胡散臭い表情を貼り付けてばかりいるその顔の中で、唯一少しでも感情を表す黒い瞳はすでに書類を向いていて真意を読み取れそうにない。
「まぁ、いいや。そこまで言うならもらっといてやるよ。ありがたく思いやがれ」
減らず口をたたくのもいつもこと。
「普通、ありがたく思うのは受け取る側ではないのかね」
サインを書き込みながら返ってくる言葉はやっぱりいつもの調子。前髪に隠れて見えないけど、その瞳に浮かんでいるのはきっとやれやれといったものなんだろう。