短編

□出張─sweet home─(P1)
1ページ/1ページ



 生活感がないのは今に始ったことじゃないが、これはひどすぎるとエドワードは顔をしかめた。
 先に寄って来た中央司令部は、特に忙しそうな気配もなかった。


 数週間の短期間だからという話で派遣された南の支部に、すでにもう二ヶ月以上も拘束されている。
 寮の空き室を住居としてあてがわれたため食生活などへの不備はないが、少佐で国家錬金術師が同じ屋根の下にいるとあって、他の入寮者である下士官や兵卒たちは非常に不満があるだろう。
 エドワードにしても早くセントラルに帰りたいのだが、なぜか帰還命令が届かない。代わりに届くのは任務を継続しろという命令書ばかりだ。


 今回は中央への報告を兼ねて一時帰宅を許されたが、明日にはまた支部に帰らなければならない。
 該当部署への報告を済ませた後、この時間なら執務室にいるだろうとあたりをつけて訪れたが、あいにく部屋の主は不在だった。

 またさぼってんのか、と呆れて言えば、たまってる書類もないからほっといているのよ、と長く副官をつとめている秀麗な女性は穏やかに微笑んだ。
「ゆっくりしていって。今お茶を入れてくるわ」と踵をかえそうとするのを引き止めて、あまり時間を取れないから、と丁寧に断ったら「残念だわ」と笑顔を曇らせた。
「久しぶりにエドワード君とお茶できると思ったのに」と。
 つまりそれくらい今は余裕があるはずなのだ。
 であれば、その上官たるこの家の主人が家に帰れぬほど忙殺されているはずもない。



 キッチンに足を踏み入れ冷蔵庫を覗く。案の定、食材はほとんどない。
 続いてパントリーを覗けば南に行く前に買っておいた非常食の類もほとんど減っていない。

 一番下の棚に入れてある根菜入れからは何やら緑色の蔓がのぞいていた。
 とても調理に使えそうにないしわしわのジャガイモと、このまま植えればさぞかし成長が早いだろう蔓の伸びたサツマイモをゴミ箱に放り込んでエドワードはため息をついた。

「何食ってんだよ、あいつ」

 とりあえず、買い物に行ってこないと、今夜の食事をつくることもできそうにない。
 エドワードはとりあえず着替えるつもりで二ヶ月も留守にしていた自室へと入り、そこで立ち尽くすことになる。



「な、んだよ、これ?」

 長らく留守にするといっても、ひと月たらずで帰ってくる予定だったから、確かに整然といえるほど片付けていったわけではなかった。しかし、少なくともベッドからシーツは外したはずだ。
 それなのに。
 まるで昨夜もここで寝たように乱れたシーツがかかっている。寝乱れたせいとは言え、このベッドメイクの稚拙さはどう考えても同居人の仕業だろう。

「あ、ンのバカっ!」

 皺のよったシーツの隙間に黒い髪を発見して、頭を抱えてうなる。

 理由は知らない。
 いや、知らないというよりも考えたくない。
 考えたくはないが、史上最年少の国軍少将であるロイ・マスタングが、このベッドで──つまり、エドワードのベッドで寝たという事実が間違いなくここにある。




蛇足


 エドワードは帰宅したロイ・マスタングに理由を尋ねて後悔することとなる。
 なんとなれば、ロイの答えは以下のようなものだったからだ。

「あの部屋は君の匂いがするんだ。君がいない間、せめて君の気配や匂いを感じていたくてあの部屋で過ごしていたんだが、だんだん自分の部屋に戻るのが面倒になってね」

 再び頭を抱えて「聞くんじゃなかった」とうなだれるエドワード。
 その心情など全く意に介さず、だらしなく顔を緩ませたロイは久しぶりの手料理に舌鼓を打った。

「やっぱり君の料理はおいしいなぁ」

 幸せそうなロイに、すでに何かを言う気も失せたエドワードは力なく笑うことしかできなかった。

 そうして、ロイは久しぶりに一人寝の寂しさから一夜限りとはいえ解放されたのであった。






一応、以前書いた「ロイ・マスタングの苦悩」や「秋空の下、並んで歩く」と同じ軍豆設定。

2007/03/02

ASPアクセス解析

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ