短編

□公園─flowers─(P2)
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 オレはアンタとちがってヒマじゃないんだ、とか、いったいどこまで連れて行くつもりなんだ、などと、何度目かの文句を言い始めたエドワードをなだめるようにロイは微笑みかける。

「あぁ、ほら、すぐそこだよ」
 見えてきた、とロイが指が指し示す方を見ればそこは大きな公園で、いつだったかアルフォンスが猫がたくさんいるんだよ、と嬉しそうに報告してきた場所だ。
 立ち止まったロイの横に並べばさりげなくとられた左手が暖かく大きな手に包まれる。
 それがはずかしくて握られた手を引っ張るように──目的地に急ぐ子供が早く早くと大人を急かすように──して歩き出す。

 門を一歩くぐれば。
「わぁ」
 そこは色とりどりの花々で溢れていた。
「いい時にやってきたね。今日から一週間、フラワーフェスティバルなんだ」
 まるで自分の手柄のように胸を張る大人は、立ち止まってしまった子供の手を引いて歩き出す。

 順路と書かれた看板に従っていけば、視界は次から次へと現れる色彩に翻弄される。
 バラのアーチ、背の高い木に咲く花、名前も知らない鉢植えの数々。

 頭の上からぶら下がる、薄い紫の花房をくぐるとそこは広場だった。
 急に開けた視界の先、春というより初夏の陽射しに咲き誇る花々が輝いていた。

 その光景に思わずロイの手を振り解いて、エドワードは駆け出した。

 幾何学模様を描き出すように植えられた、赤、ピンク、紫、白、黄色。
 それらは不機嫌さを装っていた子供の目を奪うのに充分なものだった。 

 前にリゼンブールの話をしてくれただろう。
 一面の野原に咲き乱れる花々の話を。

 ゆっくりとしたものに歩調を落として花と花の間を歩いていくエドワードのすぐ後ろについて、ロイは穏やかな口調を頭の上に落とす。
 身長差を強調するこの立ち位置を嫌っていた子供は文句も言わずにロイの言葉を聞いていた。

 リゼンブールの野原。
 花冠をあんだり、綿毛を飛ばしたり、幼い頃の思い出はいつだってあの野原とともにある。

「イーストシティには花屋にしか花がない、と君は言っていたけど」
 まぁ、確かにこれらも人の手で植えられたものだけれどね。 

 きちんと整備された公園は故郷の野原とはまったく趣きが違っていたけれど、そこに咲く花の彩やかさと香りは本物に違いない。
 それを見せてくれようとしたロイの心遣いも嬉しい。

 そう、いつだってこのいけ好かない大人は、自分のことを考えてくれるのだ。
 必要な情報だったり、おいしい食事だったり、励ましだったり、叱責だったり。
 それは目に見えるものも見えないものも、必ずそのときの自分にとって必要なのだとわかっている。
 それを受けとることさえ上手に出来ない自分だというのに、イーストシティに来れば必ず用意されている。

「私が君に何かしたいだけなんだ」
「しかたねぇから受け取ってやるよ」
 そんな会話でこちらが負担だと思わないように、ちゃんと逃げ場も作ってくれる。
 それがいつものことだったけれど。

 広場の端に咲く自分の顔ほどもある大きな花をじっと見つめて子供決意を固める。



 機嫌よく数歩先を歩いていた少年は何を思ったか急に立ち止まった。
 ロイが横に並ぶのを待って再び足を動かす。
 隣に並んで歩くことを許してくれたことを意外に思いながら──身長差を気にするエドワードはロイを見上げて話すことが大嫌いだった──歩いていたのだが。

「鋼の?」
 話しかけても応答は微妙にすれ違っていて要領を得ない。

 おまけにどうにも歩き方がおかしい。
 右手と右足が一緒に出てみたり、スキップのようなステップを踏んでみたり、早足になったかと思うと一瞬立ち止まる。

「どうかしたのかい?」

 不審に思ってロイは足を止めて尋ねる。
 足でも痛めたのだろうか、と不安がよぎる。公園につくまではおかしな歩き方など一切なかった。
 公園についてから今までに足を痛めるような行動もなかったはずだ。

「や、あの…」

 少しかがむようにしてエドワードを覗き込むと、そこには歯を食いしばり頬を染めている小さな顔がある。



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