短編

□大統領就任式前日(P2)
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「よぉ」
 中央司令部の最上階の最奥にある部屋のドアをノックもなしに開けることが出来るのは、アメストリス国広しと言えどもこの人物しかいないだろう。
 年齢を重ねてコートの色は深紅ではなく落ち着いた茶に変わったが、その背中にフラメルの紋章を背負っているのは変わらない。

「来るなら連絡くらいよこしなさい」
 10年以上も言い続けている小言を口にしながらその部屋の主は嬉しそうに微笑んだ。
「いらっしゃい、エドワード君」
 驚きもせずににっこりと迎え入れて、お茶をいれてくるわね、と自ら用意しに退室するリザは、明日からは副官ではなく補佐官と呼ばれることになっている。

「今日はどうした。また何かしでかしたのか」
 まさか茶を飲みにきたわけじゃあるまい。
 皮肉気な物言いにエドワードはにやりと笑んでから身軽い調子で重厚な机に歩み寄った。
 左右で違う足音は毛足の長い絨毯に消されて響かない。
「これ、返しとくよ」
 机の上に置かれた三枚のコイン。
 ちらりと視線を向けはしたがコインに手を伸ばすことなくロイはエドワードを見上げた。
「一日早いぞ」
 良く覚えていたな、と僅かに驚きを乗せた黒い瞳にエドワードは思わせぶりに微笑む。
「思ったより時間がかかんなかったからな」
 だから覚えていた、というのか。それとも、だからご褒美だとでも言うつもりか。
 くいと口の端をあげてロイもにやりと笑ってやる。
「惚れ直したかね」
「ばーか」
 いろいろと口実を設けては呼びつけているのにもかかわらずなかなか寄り付かない錬金術師が、10年近く前の約束を忘れずにわずか520センズを返すために来たのかと思うと口元が緩むのを禁じえない。


 鋼の錬金術師が国家資格を返上しにやってきたとき、ロイはまだ道の途中だった。
 そばにいて欲しいとのロイの望みには、自分は目的を果たしたけれどあんたはまだだろ、と首を縦にふることなく、銀時計を置いて出て行った。ロイが野望を果たすまで自分が足枷になることを厭って。
 縁が切れたわけではない。
 それどころか、最優先事項だった弟の身体をとりもどすという課題を終えた後、ロイの野望のために動くことを最優先事項に繰り上げさせたのだ。

「まだ危ない橋を渡っているのか?」
 大きな窓を背にして立派な椅子に座るロイは一転して苦々しい表情で口を開く。
 許可も得ずにソファに身体を預けると、エドワードは机に肘を付いて手を組みあわせている男を見やる。いつもの姿勢、いつものスタンス。
「しかたねーじゃん。だいたい、あんたのせいだろ」
 早いとこ国を手中に収めてくれよ、と尊大な態度で足を組む。
「私の手はそんなに大きくないんだ。無茶を言わないでくれ」
「手が二本しかないわけじゃないだろ」
 私はバケモノではないのだがね、と言い返そうとしたロイだったが、ティーセットをのせたトレイを手にしたリザをみたエドワードの言葉に口をつぐむ。
「ほら、三本目と四本目の手がやってきた」
 なるほど。それなら確かに自分はたくさんの手をもっている。こちらが望まなくても勝手に差し出され勝手に動く手もある。目の前にも二本。
「それでは私は一体何本の手を持っているというのだね」
「さぁな。そのうちこの国の人口の倍の本数になる、とか言っとけば?」
「とりあえず、明日から少なくとも国軍総人員分の手を持っていることになるがね」

 ようやくここまできた。
 すでにこの部屋でこの椅子に座ってはいるが、明日の就任式が終わらなければ、まだ第一目標を達したことにならない。
 アメストリスという国の、周囲も国内もまだ不安定すぎる。
 国を安定させ、他国と折衝を繰り返し──。
 まだまだ道の先は遠い。

 ふう、と息を吐いてロイは話題を変えた。
「アルフォンスはどうした」
「『蔓』からの依頼で出かけてる」
 エドワードが続いて口にした地名にロイは眉を顰める。




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