中・長編

□闇を目指す光(P10)
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 東方司令部。

「はぁ?! 出張ぉ?!
 穏やかな午後の空気を引き裂いて少年の声が響いた。

「えぇ、ニューオプティンの支部で会議があって、今朝から」
「だぁーーーっ、すれ違いかよっ!!」
 リザの説明にエドは金髪をがしがしかきむしる。
「だから電話したらって言ったのに」
 アルの言葉にムッと膨れる。
 だって外から司令部にかけんのめんどくさいんだもん、ぶつぶつ言い返す。その言葉に力がないのは、自分が連絡をいれるという一手間を惜しんだせいだという自覚があるからか。

「ちぇー、向こうで待ち伏せすればよかった」
「ボクたち、今朝の列車でニューオプティンから来たんです」
 恨み言という感じで司令部のみんなに訴える弟に、
「オレがわるかったよっ」
 ちっとも悪く思っていなさそうなエドの言葉がかぶる。

「ニューオプティンになんかあったのか?」
「えぇ、すごく貴重な文献を沢山集めている人がいるって聞いて。行ってみたんですけど紹介状がない人には会わないって門前払いだったんです」
「銀時計見せてもダメなんか?」
「はい。たとえ国家錬金術師だろうとダメだ!って…」

 咥え煙草のハボックの問いにアルが丁寧に答えているのを聞きながら、エドはリザに向き直る。
「大佐、いつ帰ってくんの?」
「明日の夕方には戻られるわ」
「あしたぁぁぁ?!」
 悲鳴に近い声を上げてからエドは壁にかかっている時計を見上げる。

 その瞬間にいくつかの試算をして。
「よし。アル、行くぞ」
「えぇ?」
「明日の朝ニューオプティンにつく夜行があったはずだ」
 すぐに立ち上がって出かけようとするエドにいくつもの声がかかる。
「大佐が帰ってくるまで待ってろよ」
「またすれ違っちまうぞ」
 司令部の面々は、自分たちの上司がこの少年に出逢えなかった場合、どこまで不機嫌になるかを想像して口々にひきとめる。

「そうよ。帰ってきてすぐに紹介状を書いてもらえば、明日の夜行に間に合うわよ」
 リザでさえ口ぞえするが。
「それだと明後日になっちゃうじゃん」
 うまくいけば明日の朝に大佐を捕まえて、昼にはその人の屋敷にいけるし。
「ほら。アル、行くぞ!」
 と、トランクを持って歩き出す。
「もぉ。兄さんは言い出したら聞かないんだからぁぁぁ」
 皆さんお騒がせしました。と苦労性の弟はぺこりと大きな身体を折ってから「待ってよ兄さ〜ん」と後を追う。

 竜巻が通り過ぎたような騒ぎに、残された大人たちはやれやれと肩をすくめてため息をついた。


* * * * *


 ニューオプティン支部。

「マスタング大佐」
 会議室から出たところでロイは女性士官に呼び止められる。
「何か」
「東方司令部のホークアイ中尉からご伝言がありました」
 自分が不在の間に何か面倒な事件でも起きたかと、内心ひやっとしながらも無表情のままメモを受け取る。

『光は闇を目指す』

 なんだこれは。
 ハクロ将軍の視線に気づいて、あやういところで呟きは口に出す前にとめられた。
 何の暗号だこれは? 電話をかけて問いただしたいところだが、あいにく次は懇親会とやらに拘束されてしまう。

 促されるまままた別の会議室に足を踏み入れながら、ここ最近東方司令部で手がけた事件のファイルを脳内でめくる。
 光や闇といったキーワードで思い起こされるようなものは見当たらない。
 ホークアイ中尉の伝言であるなら、その内容は簡潔であるはずだ。しかし、これは簡潔すぎだろう。と苦々しくいつも冷静な副官の顔を思い描いた。

 光…
 闇…

 懇親会の間じゅう、ロイは頭を悩ませていた。
 傾いた陽射しが会議室に斜めに差し込み、その場にいた人々の頭を薙いだ。
 さまざまな色合いの赤や茶や金の髪を反射させた光景に、ロイは唐突に悟る。

 光が何を示しているのか。
 闇が何を指しているのか。

 表情を一切動かすことなくにやりと笑う。
 そうか。それは楽しみだ。




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