中・長編
□catch the cat (P6)
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何故だ?!
なぜこんなことになってしまったんだ?!
パニックを起こしかける自分を必死に宥め、論理的な思考を取り戻そうと努力する。
あぁ、沈着冷静な私らしくもない……いや、さすが私と自画自賛してもいいかもしれない。
いっそパニックを起こしてしまえたらラクだったかもしれないと、今の自分を冷静に観察している自分がいるのだから。
落ち着くんだと自分に言い聞かせていたら、自然と身体が動いて毛繕いを始めた。
……これが身体の記憶というやつか。
改めて自分の四肢を眺めてみる。
艶のある黒い体毛に包まれた手──いや、前足というべきか──には出し入れできる鋭い爪。
恐らく相当のジャンプ力を持つであろう後足のバネ。
バランスをとるように、困惑を表すようにゆれている長い尻尾。
声を出してみれば……
「にゃあ」
紛うことなき猫の鳴き声。
認めたくない。
決して認めたくはないが。
認めざるを得ない。
私は猫である。
名前はまだない。
いやっ、猫になろうが何になろうが私はロイ・マスタングだっ!!
ここ二週間ほど捜査していた錬金術がらみの犯罪は、私の優秀な頭脳と部下達の努力の賜物で、本日未明、被疑者宅への踏み込みで対外的な収束を迎えた。
しかし私にとってはこれからが仕事と言っても過言ではない。
この被疑者が使っていた錬成陣の解読をして報告書を作らねばならないのだ。
そのために研究室として使われていたと思われる納屋へ一人で向かい、剥き出しの地面に書かれていたこの錬成陣を見つけた。
ぱっと見て自分の専門分野ではないと判断して解読は後回しにした。
その先にあった机と本棚へと足を進め……。
まったくもって、無造作に何の警戒もなくこの陣に踏み込んでしまったのが間違いだった。
私としたことがなんたる失態だろう。
とにかく。
いつまでもここでこうしているわけにはいかない。
部下達がいつここへやってくるかわからないのだ。
まず何をすべきか。
今の私に出来ることは何か。
考えろ、ロイ・マスタング。
今取り得る最善の方法を。
低くなった視界の先に広がるように得たいの知れない錬成陣と、そこに散らばる自分の衣類。
まずはこれをどうにかすべきだろう。
そして、それからこの錬成陣を解読する。
そうと決まれば行動と思考あるのみだ。
自分の服を咥えずるずるとひっぱって行きながら私は「後悔」という苦い感情を味わっていた。
本当になんだって私がこんな目に合わなければならないんだ。
アンダーウェアはまぁいい。ワイシャツも。
ズボンも苦労はしたがなんとか物陰に隠せた。
しかし、このクソ重くてかさばる軍服はっ!
猫の身には重過ぎるし、動かすたびに揺れる金色の紐にじゃれつきたくなってしまう。
誘惑に本能が逆らえなくて、つい紐に飛び掛ってしまったところで納屋の扉が開いた。
「大佐ーっ。そろそろ昼ですし、とりあえず一旦戻りませんかーーっ!」
緊張感のカケラもないこの声はハボックだ。
「あれ? 大佐ぁ?」
訝しげな声とともに大きな手が伸びてきて、地面に落ちている軍服を拾い上げる。
同時にひょいと私を片手で抱え上げた。