中・長編

□thumpity-thump (P6)
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※この話は短編においてあります『pulsation』をエドワードの視点から書いたものです。
こちらだけでも大体の事情はわかるかとは思いますが、pulsationを読んでからの方がわかりやすいと思います。
できれば先にそちらをお読みください。


thumpity-thump



 ようやく暗闇に慣れた目であたりを観察してから、投げ出された腕や足を踏まないように注意して倒れたままの大人に近寄った。

 ぺちぺちと頬を叩いて「大佐」と呼べばわずかに反応がある。
「大佐」
 少しだけ声を大きくすると、少し間の抜けた聞きなれた声が返ってきた。
「鋼の?」
 一人しか呼ばないオレの呼び名。
「良かった、気が付いたんだな」
「いったい何が…」
 明かり取りの窓さえない暗い倉庫は慣らした目でもはっきりとした視界は得られない。けれど、横たわっていた大佐が起きようとしているのがわかった。
 その肩を軽く抑えて、ゆっくり起きろと伝える。頭に受けた衝撃はハンパじゃないはずだから、急に動くのはよくない。

 息を詰めて大佐の動きを見守る。表情は見えないけれど、小さくうめき声が聞こえた。
「頭、痛むか?」
 起き上がる背中に手を添える。
 鉄パイプで思いっきり殴られたのだ。裂傷であってもおかしくないのに外傷はなかった。ならば、内部で何かあるかもしれない。
 胸がドキドキする。不安で気がおかしくなりそうだ。
 なのに大佐はあっさりと大丈夫だと答えて座り込んだ。
 その声には無理している響きもなく、いつもどおりの落ち着いた低音でオレはほっと息をつきながら手を離した。

「あいつらはなんだ?」
 聞かれるとは思っていた。想定問題に対する答えは用意してある。
 気を失っている大佐の横で、今までのことを思い出して整理するくらいしかできることはなかったから。
「街のチンピラだよ。花屋のおばちゃんにひどいことしてたからちょっと説教してやったんだけど、聞く耳もたなくてさ」
 肩をすくめながら答えるオレに呆れたようなため息がこぼされる。
 呆れたような、って呆れてるんだろうな。別にオレだって好きでトラブルに飛び込んでるわけじゃないんだけどなぁ。オレだってため息つきてぇや。

「それで、あの後どうなった?」
 こっちの心中はおかまいなしで、大佐はまるで事件の報告を聞くみたいに冷静な声をだす。
「軍人をやっちまったって、えらく焦ってたぜ」
 一人で残り全部を一瞬でやっつけられるんじゃないかって思えるほど動揺が走ってすきだらけ。実際、オレにもうちょっと力があれば大佐をかついで逃げおおせることだってできたと思う。

 でも、現実には大の大人を担いで逃げ切れるほどの力はオレにはない。
 自分の不甲斐なさに腹が立って、もう二,三人(特に大佐を殴ったやつは念入りに)ぶちのめしてやった。
 兄貴に知らせろ、とか車をとってこい、とか怒号が飛び交うなか、車が乗り付けられた。

 このまま大佐だけ連れていかれてしまうのだけは避けたかったから、そのとき組み合っていた男の拳が腹に来るのを見て避けようとする身体の動きをとめてうけとめた。
 大した威力はなかったが、やられたふりをしたら思った通り一緒に車に運んでくれた。
 そんな事情を簡単に説明すると忌々しげな雰囲気が伝わってくる。

 自分が意識を失ったことに対するものか、チンピラたちに対するものか、それともそんなヤツらと大立ち回りを演じた自分に対するものなのか。
 声だけの表情ではそれを判別することは難しい。できればオレに対するものじゃないといいけど。

「それでここは?」
 苛立ったような雰囲気は一瞬で消えて、続けて出された声は優秀な軍人らしく冷静なものだった。
「どっかの倉庫。車で走った距離からして、街中からそんなに離れてないと思う」
「しかし暗いな」
 あたりを見回しているであろう空気の動き。

 軍服の蒼は陽の下でこそ明るい青空のように見えるけれど、夜陰では闇に溶けることを考慮した色だと、軍属になってすぐの頃にどこかで聞いた。
 おまけにこの男は存在そのものが夜に溶けてしまいそうな黒い髪と目をしてて、こんな闇のなかで気配を消されたら近くにいても見つけることができないんじゃないかと思う。




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