中・長編

□いつか二人で (P6)
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 東部と北部の境に近い工場地帯ミリィで続発するテロは、憲兵の手には余るとの判断が下された。
 独裁軍事国家にふさわしい素早さで派遣する隊の編成がなされ、軍用列車の手配がされる。
 派遣部隊の指揮を一任された東方司令部のロイ・マスタング大佐は、慌しく動き始める司令部の中、一人泰然としてその任を受けた。

 ミリィへと向かう列車の指揮官用のコンパートメントでロイはゆっくりと目を閉じる。
 まぶたの裏に金色の光がひろがる。
「しばらくあえないな」
 口の中で呟いた言葉は、思いのほか自分に衝撃を与えた。
 会いたいときに会えたためしなどない。いつだって自分はあちこちから届けられる報告書の中に彼の足跡を読み取りながら司令部で待っているだけだ。
 けれど、いざというときは呼び出すことができるという安心感が自分に余裕を与えていたのだと気づいてしまった。
 ミリィ駐留がどれくらいの期間になるかわからないのに、いざというときのための切り札すら持っていない。
 先週、たまたまかかってきた電話でしばらく東方司令部を空けることを伝えたが「ふーん」というそっけない返事はロイを奈落に突き落とすのには充分な威力をもっていた。
 14も年下の少年に自分は何を求めているのだろう。
 自嘲気味に自分の気持ちから目をそらし蓋をして、気分を切り替えるために頭を振った。


ところが。
「なぜ君がここにいる」
 視線の先にあるのは稀有な輝きを持つ、けれどロイにとっては見慣れた金の瞳。
 抑えた口調で問えば今まで聞いたこともない丁寧な言葉が返ってきた。
「大佐殿が上級士官を招集されたからです」
 人をくったような返事に怒鳴りつけてやろうかと思った瞬間、背後に控える副官のかすかな咳払いに自分の立場を思い出した。
 テロの鎮圧のために派遣されてきた連隊とその指揮官である自分。
 続くテロのため休校となった学校を駐屯地として借り受けた。兵士たちがキャンプを設営するなか、ブリーフィングのため上級士官に召集をかけたら彼がいたのだ。

 会議の間、エドワードは口を挟まずただ居並ぶ他の士官達を見ていた。
 少佐相当位とは言っても正規の軍人でないから意見を求めるものなど誰もいない。本来ならこの場にいる必要もない15の子供はていよく無視されつづけている。
 それに憤ることなく淡々と、まるで人間観察をするかのようなエドワードに意識の何パーセントかを奪われている。
 自分の気持ちを自覚して随分になる。それとなく探るような会話を仕掛けて手ごたえがないわけじゃないこともわかっている。
 けれどはっきりした何かがあるわけではなかった。
 それなのに。
 何よりも最優先すべきことがあるはずのエドワードがここにいる。
 その意味は──。


「では諸君らの働きに期待する。解散」
 ロイの声に士官達は立ち上がり敬礼するとぞろぞろと退室しはじめる。その中にまじる小さな背中に声をかけた。
「鋼の錬金術師」
 自分でも思っていた以上に硬質な声だった。
「はい」
 しかし、返ってくる声には気負いも緊張もない。
 その声も、青い軍服も、白い頬を縁取る金髪も、自分を見返す金の瞳も、どれもこれも見慣れたものなのに、目の前に立つこの見慣れぬ軍人はいったい誰なのか。
 最後の一人が出て行き、気を利かせたのか本来なら出て行く必要のないリザまでもが姿を消した。
 見詰め合う金と黒、二対の瞳だけが残される。
「鋼の…」
 硬さのとれた声にエドワードは僅かに入っていた力を抜く。
「──国家錬金術師の召集はなかったはずだ」
「確かに召集はなかったな」
 外堀から埋めていくような、もってまわった台詞にははぐらかすような言葉が返される。
「ならば、なぜ君はここにいる?」
「オレにとって必要だから」
「弟はどうした」
「リゼンブールで待ってる」
 短い質問には端的な回答。聞かれたことに対する返事だけ。それ以上でもそれ以下でなく。
「ここに君のすべきことはない。帰りたまえ」
 ロイの口調には苦いものが溢れている。
「オレにとって必要なことはオレが決める」
 金色の瞳に浮かぶのは自分自身を肯定し、何人にも否定を許さない強い意志。
「鋼の…」
 弟の元へ帰るよう説得するつもりが、その瞳に呑み込まれてしまう。
「アンタの手足となって動くのが少尉たちの仕事だろ。そんでもって背中を守るのはホークアイ中尉。だからオレはアンタの隣を歩く」
 ロイの視線を捕らえたまま、エドワードは言い切った。
「アンタと同じものを見て、同じものと戦うために」
 向けられた琥珀には一点の曇りもなかった。




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