未来捏造パラレル
□第九章『宥赦』
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春。
国家錬金術師の中央部会を来週に控え、その実行委員長とマスタング准将による打ち合わせが中央司令部の小会議室で行われている。
加えて、今回部会に初参加となる鋼の錬金術師をあらかじめ紹介しておくという名目でエドワードもこの場に同席している。
並んで座るロイとエドワードの正面に座る国家錬金術師ジャムス・ルチッチは、本人だけが優雅と思っている手つきでコーヒーカップを持ち上げた。
「ただでさえ国家錬金術師最大の特権ともいえるべき研究費が削減されたというのに、軍部における数々の特権も取り上げるというのは得策ではないと僕は思いますが」
クーデターに数多くの国家錬金術師が加担していたという理由で、国家錬金術師機関や錬金術研究機関にも改革の手は伸びていた。
徐々に徐々に軍から切り離されようとしている。
それがロイの私情から出された提案であっても、軍部と議会はそれを承認した。いずれ国家錬金術師機関は、どこにも属さない一つの独立した機関となる。
現在はいまだ大総統府直轄の機関であったとしても。
コーヒーカップをソーサーに戻しながら、ちらりと視線をなげる男にロイは無表情の中に苛立ちを隠す。
いい年をして一人称が「僕」というのも気に入らない。いや、なにより気に入らないのは……。
「軍から切り離された組織になっていく以上、軍での特権に意味はないだろう」
苛立ちを表さないことを自分に課せば自然と言葉は少なくなる。
特殊文献の閲覧、各種研究機関の使用などは今まで通りであるなら、研究にはなんの支障もない。研究費の削減にしても、『バカみたいに高額な研究費』の『バカみたいに』をとっただけのもで、研究していくのに何の不都合もないはずだ。
短く省略された中に含まれたこれらの理由がどこまで目の前の男に伝わるかなど、考えてやる必要はないと判断する。
その視線を我が身で遮りたいとさえ思う。
もしくは、今すぐに退室させたいと思う。
こんな視線にさらさせることが何よりも苦痛だ。
真意を悟らせない表情を作ることにかけては神業クラスのロイを苛立たせているというのに、その視線の先からは非常に冷静な声が発せられる。
「軍とは別の組織になるのであれば、軍部の顔色を窺わなくてすむ分権力は増したとみるべきだと思いますね」
さらりと落とされた言葉にジャムスの視線の意味が変化する。
好奇心と浅ましい情の混じった目つきから、相手を認めその言葉の意味を推し量ろうとするものへ。
軍の命令で動かされるのではなく、軍の要請で動いてやる。
今まで上位にたっていた軍と対等の、もしくはそれ以上の力を手にいれる。
それは特権を持つことに慣れたジャムスにとっては美味しいエサだ。
エドワードの言葉にジャムスの頭の中では天秤の錘が乗せ替えられているのだろう。
二つ名どおりの小者が……。
地質に関する錬金術に秀でたジャムスの銘は砂礫という。砂や小石という意味だが、くだらない人物という意味も含まれる。彼にこの二つ名を与えたのはやはり前大総統のブラッドレイなのだろうか。だとしたら大した慧眼の持ち主、さすが人ならざる眼を持っていたというところか。
それにしても。
無表情を保ったまま内心では感嘆していた。
いつのまにこんな物言いをするようになったのか、この子供は。
「それに関しては検討の余地がありそうですね。さすがに鋼の錬金術師は広い見識をお持ちだ」
「ありがとうございます」
隣で金色の頭が下げられるのが視界の隅にうつる。
「将来的にはという話なので、今回の部会ではそのアウトラインに触れるだけで充分でしょう」
こんな小者にその頭を下げることなどないのに、とさらに苛立ちが募り、話に終始付を打った。