未来捏造パラレル

□第六章『本気』
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 クーデター騒ぎで中央が混乱していたさなか、多数の偽造硬貨が流通していたことは確認されていたがその捜査に人手を割く余裕は一切なかった。
 ようやくその硬貨が錬金術で作られたものだと判明したのは夏の終わり。中央と西部の境近くで錬成を続けていた犯人グループが西方司令部と中央司令部の共同作戦で無事逮捕されたのが秋も深まった頃。
 偽造硬貨の回収もほどほど進んで年内にカタがついて良かったと、捜査にあたっていた憲兵達は胸をなでおろしたのだが。
 この偽造硬貨を作り出す練成陣の解析が、西方司令部と中央司令部でたらいまわしにされ、結局エドワードのもとに持ち込まれたのは二月になってからだった。
 おかげでここ数日、第三資料室に詰めている。

 机に広げた練成陣に集中できないのは、隣に座る国軍最年少の准将のせいだ。
 エドワードは気付かれないように心の中だけでため息をついた。

 外に連れ出されたあの日から、今まで以上にロイに構われるているような気がする。
 ロイの都合がつく場合は一緒に昼を食べる慣例も復活した。その度、勝手にペースアップする心臓と、血行が良くなりすぎる顔を平常モードに戻すことに苦労しているというのに、この男はいつもの余裕綽々といった笑顔で自分に話しかけてくるのだ。

 今も。
 数時間前に一緒に昼を食べたばかりだというのに、「ちょっと時間が空いたものでね」と資料室にやってきて、特に何をするでもなく時折どうでも良いような話を振ってはエドワードを眺めている。

 その視線が気になって仕方ない。



 どうも集中できないらしいエドワードは、さっきから艶のある金髪をかきまぜるように頭を掻いている。
 自分の手足と弟の身体を取り戻して現れた時に短くなっていた髪は、伸びては切られ、切られては伸び、編まれることはなくなった。
 何度か触れたことのあるそのしなやかな髪は、肩の上で持ち主の手の動きにあわせて揺れている。
 手を伸ばせば難なく触れられる距離なのに、手を伸ばす理由がみつからない。
 こんなにも近くにいるのに。

 この距離感がひどくせつない。



「鋼の、ここの構築式はおかしくないか?」

 長い指で指し示すそこは自分も気になっていたところで、思わず身を乗り出す。

「そうなんだよ」

 ここにあるのは実際に使われた練成陣ではない。床に直接かかれた練成陣をそのまま報告書に添付するわけにはいかないので、現地の憲兵が書き写したものだ。
 写し間違いという可能性も捨てきれないが、最初からそう決めてかかるのは危険だ。今は何か意図があってのことだと考えておいた方がいいだろう。
 お互いに同じ意見に頷きつつ、二人で解析をしていく。
 一人の視点で見るより二人の視点で見る方が視界は広く、理論の展開の幅も広がる。
 つまっていた部分が少しだがほぐれてエドワードは小さく歓声をもらす。

「すげぇな、准将。おかげで助かったよ」

 自分のすぐ隣、肩が触れ合うかどうかの距離にいるロイを軽く見上げ微笑めば、肩を抱くようにして引き寄せられる。
 自然とロイの口元はエドの耳元に寄せられ、そこで抑えた声音でささやかれる。

「君の役に立てるとは光栄だな」

 右の拳を顎に向かって振り上げ、左手で肩に回された手を払いのけ、椅子から立ち上がる。
 瞬時にその三つの動作を行ったエドは顔どころか指先まで朱に染めて、楽しそうに笑う黒い瞳を睨みつける。

「ンのヤロぉっっっ」

 繰り出された拳をかわして「この反応がたまらなくてねぇ」などと口の端をつりあげる余裕の表情に、怒りが沸騰し罵る言葉さえ出てこない。
 俯いてふるふると拳を振るわせるエドワードの顔を、ロイはわざとらしく覗き込む。

「どうしたね?」

「み、耳元でヘンな声出すんじゃねーよっ!!」

「ヘン?」

 傷ついたような表情をするが、作り物に決まっている。
 もう一度右手をその顔に向かって繰り出すと、なんなく受け止められる。

「心外だな。私の声には定評があるのに。見込みのありそうな女性なら、大抵これで…」
「このっ、エロい・マスタング!恥ずかしいこと言ってんじゃねーよっっっっ!!」

「エロ…。ひどいな、君は。だいたい口説き文句のひとつも出てこないようでは恋愛もできないぞ」

「ンなもん、しねぇーーーっっっ!」
 なんでよりにもよってアンタに恋愛指導されなきゃいけないんだよ。との思いを押し込めて怒鳴れば、ふと黒い瞳は天井に向けられた。

「そういえば、随分昔にもこんなことがあったな」




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