未来捏造パラレル

□第五章『自覚』
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 学校は新年休みが一週間程度あるが、当然のことながら軍にそんなものがあるわけがない。年をまたぐ両日だけは特別の体制だが、今はすでに通常業務に戻っている。

 それでもエドワードは急ぎの仕事があるわけじゃないことを言い訳に、しばらく司令部に行くつもりはなかった。
 もともとアルフォンスの学校を基準に自分の生活パターンを決めている彼にとって、弟の学校が休みなら自分も当然休みという認識だ。

 しかし、そのアルフォンスは友達と朝から出かけてしまった。一人で錬金術の研究に取り組んでいたのだが、どうにも集中できない。

「やーめた」

 資料にしていた文献と自分の書いたメモを机の上に放り出して、エドワードは伸びをする。
 どう考えても今の自分には気分転換が必要だ。
 時計を見て、昼飯でも食うかとキッチンに向かったが、すぐに食べれそうなものはない。かといって何かを作るのもめんどくさい。

 こんな時、いつもなら中央司令部へと足を向け昼飯でもたかるところだ。
 たかる相手がいなくても休憩室で馴染みの誰かと他愛のない話をするなど、あそこは気分転換のネタに困ることはないところなのだが、当分は近づきたくない。

 いいや、図書館にでも行こう、とコートを羽織ってアパートを出た。



 街で軍服を見かけるたびに黒い頭を探してしまう。
 そして、該当する人物がいないことにほっと息をつく。

 それは安堵のため息なのか、それとも落胆のため息なのか。

 一体自分は彼に会いたいのか会いたくないのか。

 お気に入りのドーナツも味がしない。
 図書館の資料もまるっきり頭に入ってこない。

 一体オレはどうしちゃったんだ?

 結局、図書館にも落ち着けず、ふらふらと街をふらついて辿りついたのはセントラル墓地だった。

 寒空の下、少し萎れた花束が墓石の上においてある。誰が供えたものなのか。友人知人の多い人だったから、きっと花が絶えることはないのだろう。
 新年早々、墓地に人影はない。
 冷たい風にコートの裾をはためかせてエドワードは立ち尽くしていた。

 なぁ、アンタの親友は女ったらしで有名だったよな?

 心の内で呟く問いに答えはない。

 カウントダウンパーティからずっと、考えても考えても答えの出ない問いがある。

 この石の下に眠る人なら答えをくれただろうか。

 ブロッシュの言葉に誘発された思考は、ずっとエドワードを捕縛したままだ。

 思い出せる限り、彼の言動を頭の中でリプレイしてみた。
 東方司令部時代のやりとり。
 人造人間相手に戦っていたあの頃。

 彼が自分をそういう風に──ブロッシュの言葉を借りれば、自分を狙っているようなそぶりをみせたことはなかったと思う。

 けれど、記憶に残されているいくつかの言葉。

「せっかくきたんだから茶の一杯でも」
「少しは心配している私のことも思い出したまえよ」

 それは、どうとでも受け取れるひとこと。
 確実に『そう』受け取れる言葉はひとつもない。
 強いて言えば気に入っている子供に対する愛情と言える程度。


 そこではたと気付くのだ。
 確実な言葉がなかったことにほっとしているのではなく、残念に思っている自分がいることに。

 自分は確実な言葉が欲しかったのか?
 それは、彼に想われていたいということなのか?

 ということは、自分は……?




 夕飯のあと二人で食器を洗っていた時に、アルフォンスがねぇ兄さんと口を切った。
 何事かを窺うような、少し機嫌をとるような口調。

「明後日の年頭視閲式は見に行かないの?」

 その名のとおり年の初めに行われる視閲式は国威を示すことが最大の目的で、あのイシュヴァールの内戦のさなかでも欠かさなかったという。

「ニックの兄さんがね、剣舞をやるんだって」

 ニックことニコラス・ベイカーはアルフォンスと特に仲の良い友達だ。何度か我が家にも遊びに来ているからエドワードも良く知っている。
 兄のダラスは軍に所属していて、いつだったか中央司令部で「いつも弟がお世話になりまして」と丁寧に挨拶してくれて以来、会えば立ち話をする仲だ。

「へぇ。じゃぁ、見にいくか」

 話の運びから弟が見に行きたいのだということはすぐにわかったので、エドワードは軽く答えた。

 本当は司令部にはあまり行きたくないのだが、視閲式を見に行くだけなら会うこともないだろう、と黒い髪と黒い瞳を持つ人影を脳裏から追い払った。




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