未来捏造パラレル

□第二章『研修』
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 国家錬金術師は軍人ではないから、一般の軍人が覚えなければならないこと全てを覚える必要はない。しかし軍属ではあるし、まして有事であれば軍の組織に組み込まれ少佐相当の権限が付加されるのだから、軍について知らないというわけにはいかない。これはそのため研修だ。

 研修室として確保されている小会議室で、机を挟んで向かい合うように二人は座る。
 4年前に渡したはずだが、といいながら机の上に規約を置いて、ロイはそう話し出した。
 その日から始まったロイによるエドワードの研修も一週間が過ぎた。
 確かに今さらな内容も多く、そのあたりは「知っているな?」と確認だけ取られて流されていく。

「研修なんていらないんじゃねーの?」
 知ってることばかりで時間の無駄じゃん?

 何か力になれることがあれば。
 役にたてるのならば。

 そう思ってセントラルで生活することを選んだけれど、現状は役に立つどころか、ただでさえ多忙な人に貴重な時間を割かせてしまっている。
 サボリ魔とまで呼ばれた男が真面目に取り組んでもまだ(さば)き切れない仕事があるはずなのに、この研修のための時間を捻出するために一体どれほどのスピードで仕事をこなしているのか。
 負担になりたいわけじゃない。

 そう思って口にした言葉に、ロイは軍事用語を並べ立て始めた。

「これらの意味を説明できるかね?」

 ぐ、とつまったエドワードに向かって、ロイは実に楽しそうに笑った。
 その笑顔を睨みつける金の瞳に、今度はひどく真面目な顔つきになる。

 そう急がないでくれ。

 自分を思って口にされた言葉だとはわかっているが、そんなに自分とともに過ごす時間を持ちたくないのか、と思ってしまう。

「一兵卒から順に覚えていくか、士官学校で叩き込まれるようなことを全部すっとばして今までやってきたのだから、わからなくてあたりまえだろう」
 そのための研修だ、と。

 共有する時間を終らせないための大義名分を掲げる。


 知らなくて当たり前だ、仕方ないのだ、と言われたことが悔しい。
 まだまだ役に立つまでには至らないのだと、通告を受けているようで。

「だからって、わかりません、知りません、で済むようなことなのかよ?」

 挑戦的に睨みつけると、真剣な色合いの黒い瞳とぶつかる。

「ムリだな」

「なら、覚えるしかないだろ。やってやるよ」

 他ならぬこの人のために。
 そのために、ここにいる。




 昂然と上げられた金の頭が、強い意思を秘めた金の瞳がロイの心を捉える。
 すでに捕らえられたと思っていても、その瞳を見るたび、その眼差しで見られる度に囚われてしまう。

 その心の動きを隠すために、ことさら瞳に揶揄を含んだ意地の悪い光を灯す。

「では、まず口の利き方からだな」
 間違っても階級が上の人間にそんな口の利き方をするなよ。

 念を押すように言えば「わかってるよ」ととても丁寧とは言えない口調が返ってくる。
 もともと奔放な性格で堅苦しいことが性に合わないのだろう、よっぽどでない限り自分から敬語や丁寧語を使った処など見たことがない。
 確かに子供であればとやかく言うものもいないだろうが、16歳という年齢を考えれば、そろそろ対外的な社交術としての会話くらいできないと困ることも多いだろう。
 ましてやこの中央で軍にかかわっていくのであれば。

「それから、目上の人には丁寧に対応するように」
 自分より階級が下でも、君より年下の人間はいないのだから、つまりは軍人全員ってことになるがな。



 面白がっている口調で言われてぎろりと睨んでも、最年少の准将閣下は痛くも痒くもないという風情で口元を緩めている。

 堅苦しいことが性に合わなくて使えないというのが一番の理由だが、大人から敬語を使われることにも違和感がある。
 それで余計にぞんざいな口の利き方になってしまうのだ。
 けれど、自分の行動がこの人の足をひっぱるようなことは避けなければならない。

 肩を竦めてから姿勢を正し、極力真面目な顔つきをしてみせる。

「了解であります、大佐」
 敬礼をしてみせると、ロイは吹き出した。

「ぁんだよっ」

「い、いや…」

 身を折って、必死で笑い声を殺そうとする黒い頭が自分の近くまで下りてきたのをエドワードはぺしんと叩いた。

「アンタ、笑いすぎ」




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