中・長編
□未来への記憶(P26)
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「忘れたんだろ、オレのこと」
部下の机が並ぶ大部屋ではなく、ロイ自身の執務室で向かい合うなり、エドワードは机越しにロイをにらみつけた。
「覚えてるよ。小さいと言うと怒ることも、天邪鬼なこともね」
楽しそうに語るロイと反比例するようにエドワードの眉間には皺が寄っていく。
その台詞と表情だけで充分だった。
忘れてしまったのだ。
何もかも。
「今回はどうだったね? 何か色良い成果でも?」
エドワードの旅の目的もちゃんと覚えている、とのアピールなのかストレートに尋ねるロイにエドワードは絶望的な気分で首をゆるく横に振った。
「いや、どれもスカだったよ」
「やれやれ、この調子では何年かかることかね」
「るせーな。だったら信憑性の高い情報をよこしやがれ」
エドワードをからかって遊ぶのはロイの趣味と言っても差し支えなかったけれど、互いの心に住んでいる自分の存在を認識しあって以来、ロイはエドワードのコンプレックスをからかうことはなかったのに。
平気で自分を傷つけるような、それを楽しむかのような表情に。
立っていられないほどだった。
それでも、あらんかぎりの力をふりしぼって足を動かす。
二歩、三歩。
机のぎりぎりまで近寄って、その天板に手を付く。
身体を少し乗りだすようにして。
「何かね?」
机に肘を突き、指を組み合わせてその上に顎をのせている、いつもの通りの見慣れた姿勢。
エドワードを見上げるその顔を覗き込んだ。
「……あんた、さ」
それだけ言って続けるべき言葉が見つからない。
じっと見返してくるその黒い瞳の奥に自分への感情を探す。
何かひとかけらの揺らぎでも見つけられれば問えるのに。
どうしてオレのことを忘れたんだ?
と。
オレのこと、忘れたかったのか?
と。
けれど。
この男の中には自分への想いなどひとかけらもないのだ。
面白そうに自分の反応を見守る男が口にした台詞が決定打だった。
「君に関することで私は何かを忘れてしまっているのかな?」
もう駄目だ、と思った。
いや、思ったかどうかも怪しい。
衝撃が直接心にぶつかってきた。
目は開けていても何も見えず、声も聞こえなかった。
何も考えられないのに、口は勝手に何かを答えたようだった。
タイミングよくリザが入ってこなければいつまでもそのまま立ち尽くしていたかもしれない。
開いたドアの向こうに鈍色の大きな鎧が見え、表情などないはずのその顔が心配そうに自分を見ている。それがエドワードの理性を引き戻した。
「じゃ、オレら行くわ」
崩れ落ちそうになる足を意地だけで進め、ドアへとたどり着く。
未練ったらしいぞ、と思いながらも振り向くことをやめられなかった。
エドワードの動きを追っていたらしいロイと一瞬だけ目があった。
それでも、その黒い瞳はなんの感情も顕しはしない。
エドワードの背中でドアはぱたんと軽い音を立てて閉まった。
ロイの中のエドワードの存在のように軽く。