中・長編

□未来への記憶(P26)
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 記憶障害。
 その報を聞いてから、上司に会うことが怖かったのは自分ひとりではない。
 念のために入院した上司の病室を一人ずつ報告を兼ねて見舞うように、とホークアイ中尉から告げられたとき、まるで首実検だな、と呟いたのはブレダ少尉だ。
 病室をノックして入室を促す声を聞き、手にかけたドアのなんと重かったことか。そして黒い瞳が以前と変わらずに自分を捉え、自分の名と階級を呼ぶその声を聞いたときはその場に座り込んでしまったほどだ。

 何も知らされないまま、偶然出会い、誰だ?と問われたエドワードの衝撃は想像を絶する。
 他の何を覚えていようと、自分のことを忘れてしまったのならエドワードにとっては関係ないだろう。
 フォローしようとして、フォローにならないどころか、忘れられていない人々の存在を示唆する形になってしまったことに気づいてフュリーは泣きそうになる。
 ハボック少尉ぃ、ブレダ少尉ぃ、恨みますぅぅぅ。
 心の中で両少尉へと呼びかけ、ひたすらに上司とその副官の帰還を待ち望んだ。

 この三週間あまりの間、誰もが聞きたくて、けれど誰も口に出せなかった問い。
『マスタング大佐はエルリック兄弟を覚えているか。覚えているとしても、エドワードとの関係についてはどうなのか』

「だから大佐に聞いとけっていったのにお前が聞かないから」
「大将にこっそり知らせてやった方が良いって言ったのに反対したのお前だったじゃねぇか」
 エドワードの顔を見るなり逃げるように退出した二人の少尉が、苦虫を一ダースまとめて噛み潰したような顔をしながら、こっそり相手に責任転嫁しようと言い合いを続けているのを、もちろんフュリーは知るはずもない。







 真夏の陽射しを反射しながら頭を下げる大きな鎧に覚えがないわけではなかった。忘れているかも知れない記憶を呼び起こしながら副官をふり向けば、そこにはめったにお目にかかれない困惑を顕にしたヘーゼルの瞳。

 視察を終えて司令部に戻る車の中で、彼らについて一通りの説明を受けた。言われて見れば、名前も覚えていない田舎町まで足を運んで錬金術師をスカウトしに行ったことは記憶にある。そこでとんでもない逸材を見出したことも。
「そうか、彼らはあの時の」
 どうりで見覚えがあるわけだ。と合点がいったというように頷いた。
 自分が見出して、推挙し、国家資格を受験させた。大総統の一言で試験は無事合格となったが、まだ子供だと渋るお偉方を納得させるために自分が後見役を買って出た。その記憶もある。つまりは、それくらい彼に期待をかけていたということだろう。

 改めて先ほどの少年と鎧の姿を脳裏に浮かべ、目つきは悪いがなかなか整った顔立ちの子供だったな、と思い起こす。
「彼らは東方司令部を拠点に国中を回っているんだったな?」
「そうです。大佐からは二人の探し求める『赤い石』に関する情報を、彼らからは各地で見聞きしたことの情報を。お二人は等価交換だとおっしゃっていました」
 そうそう、そうだった。
 年齢と容貌に似合わず利発で聡明で健啖家の彼と会話することが楽しみだったことも思い出した。ひと月かふた月おきに現れる小さな錬金術師が訪れるのを心待ちにしていたことも。

 正直、司令部に戻りたくはなかったのだが、楽しい時間を過ごせそうだと思えば早く戻りたいとすら思う。
 現金なものだ、とわずかに自嘲を含んだ笑みを口元に寄せたが、そんな自分を見ている副官の痛ましそうな瞳には気づかなかった。



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