中・長編

□未来への記憶(P26)
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 極力会いたくないと思っているのに。
 会わずにすむのなら、もう二度と会いたくないと思っているのに。
 どうして見つけてしまったのだろうか。
 この国一番の大都会の、数え切れない人の行き交うその雑踏のなかで。
 視線がふいに吸い付けられた。
 その瞬間、自分が何に反応したかも気づけなかった。
 意識にひっかかったその辺りにもう一度目をやって、そして初めて認識した。
 軍服ではない、どこにでもある当たり前の服装だというのに。
 そこに、ロイがいた。

 一度気づいたら視線はなかなか剥がせない。
 本当はいつだって、いつまでだって、見ていたい。
 黒い髪は陽射しを反射している。
 長い指がうっとうしそうに前髪をかき上げて後ろに流れる。
 露天の主人と何かひとことふたこと言葉をかわし、非の打ち所のない笑顔を見せて離れていく。


 エドワードはじっとその姿を目で追う。
 まるで過去の光景をなぞるように。



 あれは雨の日だった。
 イーストシティ一番の繁華街、たくさんの店が軒を並べている。
 小雨が降っていても賑やかさは普段とかわらない。田舎とちがって舗装された道は水溜りが出来ていても歩くのにたいした支障はなく、大勢の人が傘を手に行き交う。
 コートのフードを被ってそんな人ごみの中を縫うように歩いていたエドワードはふと足を止めた。
 一軒の店の前で、女主人と楽しげに会話するロイを見つけて。
 雨に濡れた前髪を鬱陶しそうに長い指が払う。そのままその手を、それじゃぁ、というようにひらりと翻す。
 その仕草に視線を動かせなかった。

 距離はだいぶある。
 間に人も大勢いた。

 それなのに。
 寄せられる視線に気づいたのかふとロイが顔をめぐらせた。
 黒い双眸がエドワードを捉える。
 視線が絡み合い互いが互いを認めたことを知る。
 そして。
 ロイが笑った。
 司令部で見なれた何かを企むような胡散臭い表情ではなく、ごくごく自然な、その笑顔。

 立ち尽くすエドワードの側まで歩み寄って来るのをただじっと見ていた。
「やぁ、鋼の」
 お決まりの挨拶にいつもの嫌そうな顔を作る暇もなかった。
 まーたサボってやがんのか。いつもの台詞はなぜだか出てこなかった。
 それはたぶん、ロイの笑顔が違ったから。
「傘もささずに何をしているのだね?」
 いつもの揶揄が色濃くにじみ出る口調でなはく、穏やかな物言いだった。
「あんたこそ濡れてんじゃん」
 オレはフードがあるけどさ、と続けるエドワードの口調も落ち着いていた。
「水もしたたるいい男だろ」
「普通、自分じゃ言わないだろ」
 交わす会話こそ普段と同じような台詞だったが、二人とも何かが違った。
「弟に心配をかけるのではないよ」
 濡れたままでは風邪を引くぞ。早く宿に帰って風呂にでも入りなさい、と。
 優しい瞳で見るものだから。
「それって、兄失格だってこと?」
 思わず真面目に問い返していた。
「そういう意味ではないよ」
 楽しそうに、けれど少し意外そうに笑うロイは、やっぱりいつもとどこかちょっと違っていた。
「やれやれ。いつになったら君は私の言うことを理解してくれるのかね」
「理解したいのはやまやまなんだけどよ」
 ひねくれた大人の言葉はストレートに伝わらず、エドワードは頭を悩ませることが多いから。




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