中・長編

□未来への記憶(P26)
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 一度だけ全てを捨てて駆け落ちをしようと相談したことがある。

 明日の朝一番の汽車でこの街を出よう。銀時計も軍服も着慣れたコートもすべて置いて、目立たないどこにでもあるありふれた衣服を身に纏い。国内ではロイは顔を知られているから国も捨てた方がいいだろう。西のクレタか南のアルエゴか、いっそ北のドラクマでもいい。家族も部下も夢も、何もかも捨てて。名前を偽って小さな家を借りて。互いに互いのためだけの存在として。
 イーストシティの、さして大きくもないロイのベッドで。長くしなやかな手はエドワードの体を抱きこんで。その胸に金色の頭を預けて。
 真剣に語りあってそのまま眠りに付いた。

 翌朝、簡単な食事を終えた後、何事もなかったようにエドワードは赤いコートをはおり使い慣れたトランクを手にする。ロイも軍服を纏って玄関のドアに手をかける。
 鍵をかけたドアの前から道の左右にわかれていく二人は、昨夜語りあった計画などひとかけらも覚えていないかのような顔をしてそれぞれの行き先へ歩いていく。
 今まで歩いてきた道を捨てることなどできないことを、二人はいやというほど知っていたから。

 それでも、そんな儚い夢を一緒に紡いだ夜はエドワードにとって支えだったのに。
 いつか──。
 自分の過ちを償い、弟が平凡でも充実した生活がおくれる肉体を手にいれたら。そうしたら──。
 
 そんな分不相応な(のぞみ)をだいた罰なのだろうか。





 酒がまずい。
 気に入りの銘柄、馴染みの店。
 なのに。
 酒の味はするがちっとも美味いと思えない。
 けれど。
 さっきから杯を重ねてすでに許容量を超えている。
 それなのにちっとも酔えない。
 いや、それとも酔っているのだろうか。

 グラスの中の琥珀色した液体に、二重写しのように金色の瞳が映る。

 会いたい。
 その瞳が見たい。

 嫌われているとわかっても、その気持ちを抑えることができない。

 その瞳に自分が映らないとしても。
 それでも。

 抑え目の照明にグラスをかざす。
 琥珀色の液体は頼りない灯りを透かせて明度を上げる。

 自分を映さないであろう瞳と同じ色の液体をロイは飲み干した。






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