中・長編
□未来への記憶(P26)
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エドワードはぼんやりと天井を見上げている。
安宿の煤けた羽目板は木の節が微妙な模様を作り上げてエドワードの目をくらませる。
電話の前で倒れた記憶は、朧気にだがある。
手の中の冷たい受話器。
ダイヤルが戻る虫の羽音のようなノイズ。
回線がつながった時のブツッという合図。
電話線の遥か彼方で、たった一台が音を立てる、その証拠の呼び出し音。
その瞬間、血の気が引いた。
膝からも腰からも力が抜け、たまらずその場にへたりこんだ。
『兄さん?!』弟の声が高く響いて自分を支えてくれた。
エドワードをベッドに運んだあと、ゆっくり寝てなよ、と言って弟は出て行った。
それが自分を気遣ってくれたのだとはわかっている。
「なっさけねーの」
ベッドで仰向けに転がったまま、のろのろと左手をあげて双眸を腕で隠す。
まさか、電話をかけられなくなるほどショックを受けてるなんて思わなかった。
どこまでひどい男なんだろう。
自分とのことをきっぱり忘れて。
だから自分もきっぱり忘れてやろうと思ったのに。だけど忘れることなんかできなくて。
忘れられないなら、このままこの想いを抱えていくしかないとそう決めたのに。
あの想いを、あの日々をなかったことになど出来なくて。
自分ひとりだけでもこの想いを隠して持ち続けようと思ったのに。
そう決心したのに。
なんで──。
耳元で囁かれた名前。
なんで、エドワード、だなんて。
いまさら。
いまさらそんな風に呼ぶなんて。
なのに──。
嫌いだなんて。
君は私が嫌いなのだな、なんて。
嫌いだなんて──。
嫌いになんて。
なれるわけないのに。
いっそ、嫌えたらよかった。
嫌いになれたらどれだけ楽だったろうか。
本当に、どこまでもひどい男だ。
これは、罰だろうか。
母を取り戻そうとして弟と左足を失った。
失った弟を取り戻すために右腕を失った。
それでも取り戻せたのは弟の魂だけで。
全ての物事には原因があり、そして結果がある。
なにごとかの結果は、結果であると同時に別のなにごとかの原因なのだ。
失ったもの。
それは世の中の摂理を歪めようとした自分の過ちの結果であり、現在自分が歩く道を踏み出すことになった原因である。すなわち、自分の過去の過ちゆえに現在の自分があるのだ。
その過ちを償うために生きていくのだと、それ以外のことは全て切り捨てていくのだと、炎に包まれた我が家を見ながら、握りしめる鋼の右手にこめた決意。
それなのに、自分は失えないものを手にしてしまった。
それを永遠のものにしたいと望んでしまった。
その罰なのだろうか。