□三日月に手を
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自分のものより少し早い鼓動。
自分のものより少し高い体温。
柔らかい体、固い腕と足。
それが君だから。
まるごとの君に捉われた私だから。
この手をいつまでも離したくなどないのに。
それでも私は君を送り出す。

「行ってくる」
振り返りもせずに出て行く君の背中が教えてくれる。
君が頑張っていること。
負けずに歩いていくこと。
会うたび強くなっていること。

だから私も負けてなどいられない。
どこかの街で君も見上げているだろう三日月に。
君の瞳を重ねて。
「愛しているよ」
そっとつぶやく。



冷えた空気に鋼の腕も冷えていく。
この腕を冷たいと感じないほどに。
暖めてくれた、見かけよりも広い胸。
でも、今は冷えきって。
生身の左手では触るのもためらうほどに。

顔をあわせることはたまにしかなく。
身体をあわせることはさらに稀で。
それを埋め合わせるかのように、電話をするようにはしているけれど。
その度に耳に甘い言葉を囁かれても。
「待っているから早く戻っておいで」なんて言われても。
本当の本当の本音では、焦がれるほどに求めていても。
それでも寄りかかって歩みをとめてしまうことはできないから。

だから歩き続ける。
あの街の、あの部屋の窓から見ているだろうか。
あの瞳の色と同じこの空を。
闇に飲み込まれそうになり浮かぶ三日月を。
今度はいつ会いにいけるだろうか。
身体に廻されていた手の温もりが。
耳元に落とされた囁きが。
求めるものを追うための力となるから。


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『三日月』を聞きながら



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