中・長編
□a long long time ago(P16 完結)
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雨にけぶるアーブル山をみあげたエドワードは、自分が軍服を着ていることを知る。
あぁ、夢だ。
と、思う。
リューダの支部で見た夢より、はるかにリアルだ。
とも。
軍用車が何台もとめられ、その間を青い人影がいくつも行き交う。
自分も同じように忙しく立ち働きながら、もう一度濃緑の山を見上げる。
その山中に自分の運命を変える人物がいようなどと、当時のテオドールは知るはずもない。
山を見上げて湧く感慨は、彼の未来を知っているエドワードだから覚えるものなのか。
それとも、この時点ですでにテオドールは何かを感じていたのだろうか。
雨が小止みになって、テオドールの隊は山を登った。
復路を確保しつつの行軍は入隊したてのテオドールにはかなりの苦行で、現地に着く頃にはへとへとになっていた。
かといって、休んでなどいられない。
この地は行軍の終点ではあったが、実際の任務はこれから始るのだ。
ワンシーンだけを一瞬のフラッシュバックのように見る夢と、ストーリーのある夢との違いは、眠りの深さではなく、テオドールがその場所に残した思いの強さと比例するのかも知れない。
エドワードがリューダでみた夢は断片的なものばかりで、それは、そこに残された思いがその時点ですでに思い出でしかないからだと考えれば無理がない。
科学者らしくエドワードはそんなふうに分析していた。
上官の指示が怒号となって飛ぶ。指示に添って動きまわる兵士達の中で、テオドールも働いていた。
足はすでにがくがくで汗と雨に手がすべるけれど、疲れた顔に安堵と感謝を浮かべる村人たちに、自分の存在が誰かの役に立っているという実感を得る。
先輩に言われるがまま、覚束ない足取りで救援物資を運んでいたテオドールはぬかるみに足をとられた。
ずるり、と足が滑る。
両腕に抱えた荷物を落とすまい、と身体を捻った。
「あぶないッ」
言葉と同時に伸びてきた腕がテオドールの身体を支えた。
黒い前髪の向こうに黒い瞳が見える。
それがローランドだった。
ときおり小雨がぱらつく中、作業は続けられる。
新兵のテオドールはあちらこちらへと走りまわされ、同じように若手のローランドも使いっ走りをしているらしく、そこここで行き違う。
その度に視線がちらりと交錯する。
お互い大変だな。
お互い頑張ろうな。
相手に届くとは思っていないが、そんな言葉を胸のうちで呟いて、二人は狭い村の中を駆け回る。