中・長編

□a long long time ago(P16 完結)
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 正面玄関に続く階段を昇ったり降りたりを繰り返している子供がいた。
 雨の中で傘も差さずに何をしているのか。軍に用事のある親についてきたのか、それとも近所の子なのか。
 手紙でしか存在を知らない甥や姪を思って微笑んだ。郷里にいる弟や妹の子供たちもこんな感じなのだろうか。そういえばリューダに転属してから実家には帰っていない。妹や弟たちはともかく、両親は寂しがっているかもしれない。次に休みがまとまって取れたら一度実家に顔を出そう。甥や姪にもあってみたい。
 そんな事を思いながら最初の一段目に足をかけた。
 その時、その小さな身体がバランスを崩した。
 慌てて差し出した腕の中に降ってきた小さな身体。それがディックとの出逢いだった。



「テオドールは随分とディックをかわいがってたよ。ディックもテオドールになついてた」
 身代わりにしていたわけじゃない。
 それでも、ディックが黒い髪と瞳をしていなかったら、あんなにも心をかけていたかどうかわからない。

「テオドールはディックをローランドの生まれ変わりじゃないかって考えてたみたいだな」
 ぎくりとロイの肩が震えた。
「テオドールが死んだのは、アーブル山の乱から15年後。その当時、ディックは10歳。時間的に考えて無理な話しじゃない」
 その子供が産まれた時、ロイはすでに東部の街で子供時代を送っている。
 ならば──?
 一瞬のうちにロイはありとあらゆる可能性を脳裏にうかべる。
「事実は一つしかない」
 エドワードはやけにきっぱりとした口調で言い切った。
「35年前に二人はここで出会って、30年前のアーブル山の真ン中で一人が死んで、残った一人も15年前に死んだ。それだけだ」
「そう──だな。事実はそのとおりだ」
 それは認めざるを得ない、事実。
「しかし──」
 言い差したロイの言葉をエドワードは正面から見つめることで遮った。
「それ以外の──アンタが夢で見たことや、オレが知ったこと、それが事実かどうか確かめる術がどこにある?」
 そんなものどこにもない。
 それはロイにも良く判っている。実際、調べてはみたのだ。ローランドの過去も、テオドールの過去も。
 当時の所属とその前後の経歴、それ以外、特に賞罰があったわけでも、功績を残したわけでもない兵士について、軍に資料が残っているわけがない。

「だから、もう一度賭けてみようと思ったんだ」
 何度も何度もテオドールが繰り返し記憶を反芻していた、この今はなきケデムで。




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