現代パラレル

□君のいない家 (P8)
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 自分が暮らしている家からバスでミュンヘン駅へ、そこから地下鉄で数駅。さらに徒歩数分。訪れた家の空気は暖かくて優しかった。

 クリスマスイブに五人で囲んだテーブルに、厚紙と色とりどりのペンと鋏が用意してある。

「オレが作るんですか?」

 当然だ、との答えにエドワードは少し情けない顔をしてため息をひとつついた。
 かといってイズミに逆らえるわけもなく厚紙とペンを手元に引き寄せる。

 呼び出しの電話は三日前、しかも唐突だった。
「節分だから来い」と、有無を言わせぬ勢いに「でも、オレは…」と口ごもれば「マスタング氏には連絡してある」と言われた。
 その日の夕食の席で家主に訊いてみれば「あぁ、聞いているよ。ゆっくりしておいで」とにこやかに頷かれた。
 どうやらエドワードの知らぬ間にイズミ・カーティスとロイ・マスタングは友好を深めていたらしい。

 とがった二本のツノと大きな口、そこから飛び出した二本のキバ。
 イズミがエドワードの教師だった数年間、毎年2月に書かされた鬼の絵。
 切り抜いてゴムをつけ面をつくり豆をぶつけあったのは懐かしい思い出だ。

「こんな感じでしたっけ?」

 エドワードが持ち上げた厚紙を見たイズミは大きく肩を落とした。

「本当にお前には芸術的センスがないな……」

 ティーセットを乗せたトレイを持っていなければ頭を抱えていたことだろう。
 そんなこと言われたってと口を尖らせた少年の前に、紅茶の入ったカップを置いてからイズミも腰を落ち着ける。

「ところでな、エド。アルには学校で話したんだが…」

 さりげない口調でイズミはアルフォンスにしたという話しを始めた。




 ぱさり。
 机の上に数枚の書類を置かれて我に返った。
 ということは、今まで心此処に在らずという状態だったわけだ。
 目線を上げれば有能な秘書が呆れたような顔で見下ろしていた。

「午後の会議の資料です」

 ざっと目を通してみるが、内容は普段からサーバ上でチェックしているデータが表やグラフになっている程度の代物でことさら会議前に読む必要性を感じない。
 目は文字や数値を追いながらも思考は別の次元に飛んでいる。

 セツブンという単語もマメマキという単語もロイには始めて聞くものだった。イズミからは日本の伝統行事としか聞かなかったが、ちょっと調べて見たら元は魔を払う儀式らしい。
 この前のクリスマスの時にも思ったが、行事というものは一人でやったところで虚しさが募るだけだから避けていたのかもしれない。
 一緒に祝う相手がいるからこそクリスマスや誕生日は嬉しいのだと、ようやく気づいた。
 もちろん、それを教えてくれたのは金色の光のような同居人だ。
 普段の食事や何気ない会話の一片ですら輝くように感じるのは、彼がいないだけであの家が暗い闇に沈んでしまうことを知ってしまったから。

 今夜。
 エドワードはカーティス家に招かれて一晩泊まってくることになっている。アルフォンスも外泊をとり、あの家で兄弟で仲良く夜を過ごすのだ。
 ということは、仕事を終えて帰る家は闇に閉ざされたままだということ。
 誰も待つ人のいない家に帰ることがこんなにも気の重いことだなんて知らなかった。

 さらにロイの胸を重くする理由がある。
 今夜、カーティス家ではエドワードとアルフォンスを養子に迎えるという話がなされるはずなのだ。
 クリスマス以来、イズミはその準備を進めている。
 先日のメールは学校でアルフォンスに話をし、内諾を得たという内容だった。

 この話しを聞いて、エドワードが頷かないわけがない。
 そうして自分の家から出て行くのだ。
 それが最良の方法だとわかっているのに。
 そんなことはわかりきっているのに。

 手放したくないと、そばにいてほしいと、思う自分を知っている。
 それは庇護欲だとか、保護者としてだとか、そんなキレイなものじゃなくて。

 クリスマスの夜に弟と笑いあっていた金色の笑顔に感じたものは。
 イズミとの思い出を楽しそうに語るエドワードに苛立つのは。

 そう、まぎれもなくこれは独占欲だ。 




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