スキップ・ビート!
□ペンは剣よりも強し!
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最近そんな彼の担当編集者に抜擢されたのが、入社2年目の最上キョーコ。
新人と言ってもいいような人物に任せられるはずのない大役だが、仕事への真剣さは誰もが認めるところであったし、何より、一流評論家を相手取っても引けを取らないほど彼女は敦賀蓮の作品に深い造詣を持っていた。
上司曰く、「あの人は真剣に仕事をする人間が好きだから」とのこと。
その知らせを受けたとき、キョーコは数分ほど立ったまま気を失った、という。
しかし、今となってはあの日の感動をぶち壊したいとキョーコは思う。
緊張と期待で胸をいっぱいにして行った、初めての打ち合わせ!
そこにまず現れたのは、メガネが似合う柔和な雰囲気の美形青年。
こちらの素性を知っていたから、最初はこの人が『敦賀蓮』なのかと思った。
こんなに優し気な人があんなに鋭い作品を描くのか、と感動に拍車がかかったところで彼が差し出してきた名刺。
「……アシスタント?」
「そう。敦賀蓮の専属アシスタントの、社倖一です。よろしく、最上さん」
至ってナチュラルに差し出されたので反射的に自分も名刺を渡してしまったことに、自分の名前を呼ばれたことでやっと気がつく。
(いったい何者なの、この人! 普通は漫画家とか小説家とか、名刺ないわよ! あっても、こんなふうに渡せないわよ! 何この『勤続30年』みたいなカマボコっぷり!)
*カマボコっぷりとは『板に付いている』の意。
「じゃあ打ち合わせに行こうか」
「え? この喫茶店で打ち合わせをするんじゃあ……」
「いや、ここは待ち合わせ。無駄足踏ませたみたいで申し訳ないんだけどね、こういうとこじゃ目立ってしょうがないから」
「……目立つ?」
そんな疑問は、わずか十分足らずで解消された。
漫画家というインドアなイメージにそぐわない、むやみやたらにキラキラとしたオーラ。
下手な漫画キャラなどよりもよほど整ったスタイルに顔立ち。
顔を見た瞬間「芸能人ですか!」と叫びそうになったのを、キョーコはかろうじてこらえた。
瞬時に理解したのだ。『敦賀蓮』が謎の人でいる理由を。
たしかにこの顔、このスタイル。
生み出す作品など関係なく、おかしな方向に目立ってしまうだろう。
それを理解し、改めて今までの作品を思い起こし、次にキョーコが浮かべた表情は甘さも驚きもない、伶俐な仕事の顔。
「初めまして、敦賀先生。最上キョーコです。よろしくお願いします」
「……。よろしく」
そんな短いやり取りが、じつは蓮の内部に嵐を巻き起こしていたのであるが、それはこのときのキョーコには知る由もなかった。