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□あくことのない舞台
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 しばらくは、先日まで演じていたドラマの話をした。
 その後は、これから先の仕事を少しだけ。
 そうして、他愛無い雑談をぽつぽつと交わした後は、運転する蓮も、助手席の社も、後部座席に座るキョーコも、静かに口を閉ざした。
 社は元々あまり喋らなかったし(おそらく蓮への協力だろう)、蓮も運転に集中すれば沈黙も気にならなかった。
 普段は何かと気を遣うキョーコも、アルコールのせいなのかどことなくぼんやりと窓の外を眺めていて、自分から口を開くことはしない。

 低いエンジン音だけが響く車内に、どれだけの時間が流れただろうか。
 成人を機に一人暮らしを始めたキョーコの現住所を、蓮は知らない。
 詳しい場所は知らない方がいいだろうと思っているし、最寄り駅しか告げなかったキョーコも同じ気持ちだろう。
 そろそろその駅が見えるという段になったとき、蓮はふとバックミラーに目をやった。
 駅で降ろしていいのか、それともどこか、近所のコンビニであるとか、そういった無難な場所を指定してくれるのか。
 声をかける前にバックミラーに目をやったのは、もしかしたらどこかで気付いていたからかもしれない。
 その眼差しを、意識しないまま感じていたから、かもしれない。

「……ッ」

 ぞわり、と。
 肌の上を、震えるほどの感情が駆け抜けるような錯覚。

 見つめる力を悟られることを恐れたのだろうか。
 キョーコの視線は、蓮の顔ではなく肩に注がれていた。
 だからこそ、鏡の中で視線が絡むことはない。蓮が自分を見ていることにキョーコは気付かない。
 気付かないから、その視線は揺らがない。

 尊敬、親愛、友愛、労り。
 目標を見る向上心あふれる目、
 ライバルを見る好戦的な目、
 そして、唯一の共演者に向ける距離を置く目。

 そういった、普段のキョーコを覆っているものは、綺麗になくなっている。

 長く続いた沈黙が、気を緩めたのだろうか。
 助手席ではなく後部座席にいることで、距離に安心したのだろうか。
 それとも、慣れない酒が心を甘くしてしまったのだろうか。

 理由は分からない。
 けれど、何かがキョーコの演技を殺しているのはたしかなことで。
 奥底を覆い隠していた様々なものが削ぎ落とされた視線にあるものは、


 とろりと溶けそうな、

 狂おしいほどの、

 恋情───
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