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□あくことのない舞台
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「遅くなりました」

 案内された料理屋の二階。
 すでに酔いが回っている者も多いようで、掛けられる言葉はほとんど不明瞭だ。
 それらを笑顔で受け流し、監督たちに挨拶に行きながら、蓮は周囲に気付かれない程度に視線を巡らせる。

「蓮、……左奥」

 蓮の行動に気付いた社がこっそり耳打ちしてくる先を見れば、数人の女性に囲まれながら楽しそうに笑っているキョーコの姿。
 どうやらメイクや衣装のスタイリストたちらしく、雑誌やら化粧ポーチやらを広げ、キョーコをモデルにあれだこれだと忙しそうだ。
 これなら心配することなかったかと思ったそのとき、不意にキョーコと目が合った。
 今まで蓮に気付いていなかったのだろう。慌てた様子で傍に来て挨拶してくる。

「敦賀さん、すみません気が付くのが遅れました! お仕事お疲れ様でした」

「いや。最上さんも仕事帰りだろう?」

「あ、はい。とは言っても、午前中だけでしたけど」

 ほんのり上気した頬は、アルコールのせいか、会場の熱気のせいか。
 いつもより艶めいた表情に、とくりと胸が鳴った。

 互いが互いをどう思っているのかなんて、とうの昔に知っている。
 それでも知らないふりを続け、知らないふりをしていることすら悟られないような態度を貫いた。
 自分の気持ちに蓋をした二人は、それを決して洩らさないようにきつく閉ざした。
 互いの心の内が読めたのは、同じことをしているからだ。
 キョーコはあくまで『先輩を慕う後輩』を演じ、蓮は『後輩思いの先輩』に徹した。
 蓮の気持ちに関しては一部に知られていたが、それにしてもキョーコとの秘密の共演は誰にも知られていない。

 簡単に挨拶を交わした後は別々に過ごし、日付けが変わって少し経った頃に打ち上げはお開きとなった。
 二次会へと誘ってくる声は多かったが、朝から仕事があることを理由に蓮もキョーコも帰宅する旨を告げ、一行と別れて。
 飲酒しなかった何人かはすべて二次会へ向かう面々の運転手となってしまったため、キョーコは蓮の車に同乗させてもらうことになった。
 遠回りになるからと遠慮し、タクシーを呼ぶからと断ったキョーコだが、蓮の「ここで一人で待たせるわけにはいかないから、タクシーが来るまで皆が足留めされてしまうし、何より深夜料金のタクシーは高いから勿体ないよ」という説得に屈した。

「すみません、よろしくお願いします」

 心底から申し訳なさそうに後部座席に乗り込んだキョーコが密やかに求めるものを知っていたのは、わずかな時間の共有、という、同じものを求める蓮だけだっただろう。
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