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□あくことのない舞台
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 その眼差しを知ってしまった瞬間から、退路などなくなった。

 自分の退路だけがなくなるのは癪だから、

 相手の退路も奪ってやろうと決意した。



     *



 主役を務めたドラマの打ち上げに蓮が顔を出せたときには、既に宴もたけなわ、という段階だった。
 これほど遅くなる予定ではなかったのだが、本日最後の仕事であったCM撮影に共演した女性タレントが大遅刻をしでかしてくれたのだ。
 その前に行なっていたドラマ撮影が押したとかでこちらの撮影の段取りすら頭に入れていなかった彼女のおかげで、予定はずいぶんと狂った。
 ここまで遅れてしまっては顔を出す意味もないかとチラリと考えたが、思い直して宴会場に向かったのは、事務所の後輩『京子』もこのドラマに出演していたからだ。

 彼女はこのドラマの撮影期間中に二十歳を迎えた。
 何年キャリアを積んでも変わらない礼儀正しさと謙虚な姿勢でスタッフにも共演者にも好まれていた彼女の成人を祝い、彼らが「打ち上げで京子と酒を飲もう!」などと盛り上がっていたことを思い出したからだ。
 自律心の強い彼女のこと、騒ぎを起こしているとは思えないが、慣れないアルコールに潰れている可能性はある。
 酔い潰れた彼女におかしなまねをするような輩はいないと思っているが、万が一ということもあるし、と───それが言い訳にしかならないことは、蓮自身がよく分かっているのだけれど。

 蓮を目標とし蓮をライバルだと豪語していた京子は、たしかな才能と、それを裏打ちする努力によって着実にステップアップしていった。
 女優としての仕事も増え、蓮と顔を会わせる機会もそれに伴っていったが、成長するにつれて少しずつ京子を主体とした仕事も増えた。
 芸能界における立ち位置が近付けば近付くほど実際の二人の距離は遠くなってしまったことを「皮肉なもんだよな」と評したのは、少し寂しそうな顔をした社である。

 久し振りの共演は、いっそ競演と言っていいほどに素晴らしいものだった。
 無事にクランクアップしたことを誇れる内容になったと自負しているが、また遠くなる日々が来るのかと思うと、少しだけ気鬱なのもたしかで。
 要するに、彼女に会える機会を逸したくない、という……それだけのことなのだ。
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