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□北の大地にロマンを求め。
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「おい至希、お前もうそんなん買ってんのか?」
市中探索中に立ち寄った土産物屋。
いきなり名物の菓子類を買いまくっている至希に、同班の友人が呆れた声をかける。
班行動はこれから一日ある。旅行そのものも、今日を含めてまだ三日残っている。
最終日には買い物のための時間すら用意されている。
何も今ここで買うことはないだろうと思うのは、至極まともな意見だ。
「母さんが、明後日から新しいドラマの収録に入るんだ。手みやげになるだろ、こういうの」
「明後日? 俺らが帰んのが明後日の夜……って、じゃあそれ送んの?」
「ああ。宅配便でこのまま送る」
だっさい極厚の黒ぶちメガネを掛けた至希は、あっさりと頷いた。
地元ではもう諦めるしかないくらいに有名な至希だが、ここは日本最北の地、北海道!
敦賀蓮と京子を知らない人間は、まあまずいないだろうが、その息子のことまでは知るまい。
問題は、まさに瓜二つレベルに蓮と似ている顔。
それさえなければ、平穏に修学旅行を過ごせる!
ということで苦肉の策として、極厚の黒ぶちメガネという禁断のアイテムを使用している至希なのである。
その頃。
「蓮さん、はいアーンvv」
「アーン」
「うふふ。美味しいですか、この漬け物?」
「美味しいよ。キョーコ、こっちの味も試食してみるかい? はい、アーン」
「アーンvv」
息子がどんな思いでいるかなど考えもせず、万年新婚夫婦はラブラブデートの真っ最中だった。
希望どおりの宿に泊まり、自宅とはまったく趣の違う日本家屋にてゆったりと夜を明かした夫婦は、変装の一つもせずにそのまま観光に出て来た。
土産物屋を回っては「アーンvv」と試食を食べさせっこし。
気に入った風景があればベッタリくっついたポーズで写真を撮り(通行人に頼んだ)。
手と手をしっかり繋いだまま秋の北海道を散策する。
普段なら人目をはばかるキョーコだが、旅の開放感のせいか、いつもより夫のスキンシップに寛容だ。
「あ、蓮さん、見て。このキーホルダー可愛い♪」
「どれ? ああ、ホントだ可愛いね。買う?」
「え? んー……どうしよう……」
おかしなもので、必要とあらば何百万しようが即断即決で買うキョーコが、たかだか数百円の物の購入に真剣に悩んでいる。
そのギャップも可愛いと思いながら、蓮は、悩んでいるキョーコの眼前からキーホルダーを二つ取り上げた。
「蓮さん?」
「お揃い」
「おそ……」
自分達がどれだけ注目されてるか、まったく気にしていない夫婦。
旅の恥はかき捨て、と言う。たしかに言う。
けれどそれは旅先では知り合いがいないからという条件が整ってのことで。
日本中、自分達の行動が注目されない場所など滅多にないのだと、どうにも自覚が足りないらしい。
遠くから、きゃああああ、とか聞こえてくる。
「何だ? 騒がしいな」
レジにて宅配便の手配を終え、店から出ようとして喧噪に気付く至希。
きゃあきゃあ騒ぐ人の群れが、同じ方向目指して走っていく。
「何かロケでもやってんじゃねぇの?」
との友人の言葉に、「だな」と頷こうとした彼の耳に、それは入った。
「蓮と京子がいるってー!」
「撮影じゃないみたいだよ! なんかラブラブデートしてる!」
「やだー! 『アーンvv』とかやってるの見ちゃったー!!」
「………………」
ただ、立ち尽くす。
今、この耳は何を聞いたのだろう。
幻聴だろうか。ああきっとそうだ。だってそんなことあるわけない。
「お、おい至希……今さぁ」
「言うなぁぁぁぁぁ!!」