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「奏江さん」
呼ばれ、隣り合う恋人に顔を向ける奏江。
涙こそ浮いていないが、揺れる瞳は怯えているようにも見えた。
「これ、受け取ってもらえるかな」
「……?」
話の流れがつかめないのか、奏江の表情がキョトンとしたものになる。
差し出された小箱にソッと手を伸ばし、ちらりと社に視線を向けてから、ゆっくり開けた。
「……ネックレス?」
出てきた物は、少し長めの細いチェーンネックレス。何の飾りもついていない、至ってシンプルな物だ。
「倖一さん、これ……?」
「あああああ! 間違えた!!」
「……は?」
「こっち! こっちが本物!」
「……本物?」
再び差し出された物は、さっきとよく似た大きさの小箱。
いつの間にか緊迫感が霧散していることに気付き、奏江は脱力した。
どれだけの覚悟で絞り出した一言だったと思っているのだろうか、この人は。
何やら固い面持ちで視線を泳がせている恋人を恨みがましく横目で見つつ、やや投げやりな気分で小箱を開け───
「…………指輪?」
出てきた物は、キラキラと光を反射して光る宝石があしらわれた指輪だった。
「これは……」
誕生日ではない。何かの記念日でもない。
そもそも、そんな気軽なプレゼントでもらっていいような品ではない。
「倖一さん? これ……」
「不安にさせて、ごめん」
「…………」
「情けない男で、ごめん」
「……そんな」
「でも俺は、本気で奏江さんと付き合ってるし、蓮たちの後を追ってるつもりもない」
緊張のあまり泳いでしまっていた視線を、気力を振り絞って奏江のそれと絡める。
「倖一さん……」
ぽつりと呟いた、唖然とした感じの表情は、どう解釈すればいいのだろうか。
怖い。今までの関係を大きく変えてしまう一言は、本当に怖い。
さっきの奏江も、こんな想いだったのだろう。いや、変わる方向が悪い方向になる恐れが強い分、今の自分よりずっと怖かったはず。
だから、今、自分が逃げるわけにはいかない。
「俺と結婚してほしい。いつかとか、未莱の話じゃなく」
「……すぐ?」
唖然とした表情のまま奏江が言えば、
「本音を言えば、今このまま届け出しに行きたいくらいだ」
と、社は肩をすくめて冗談めかして答える。
けれど目だけは真剣で。
「もちろん、そうはいかないことは分かってる。今が大切なときだし、俺との結婚はおかしな具合に名前が売れるだろうしね」
個人で言えば、一介の会社勤め人だ。しかし肩書きは『敦賀蓮のマネージャー』である。
どんなネタであれ、『敦賀蓮』と書きたい雑誌はいくらでもあるのだ。
そして奏江も、今まさに女優として売り出している大切なときであり、仕事以外の部分でのスクープは避けたい時期。それは、マネージャー業にある者としてよく分かっている。
「で、だからそのチェーン付き」
「これに通して身に付けられるように、ってこと?」
右手に指輪、左手にチェーンを持ち、奏江は唇を引き結んだ。
「いらないわ」
視線をキッと鋭くし、それぞれの手に持っている物を社に突き返す。
「いらない。そんな物、いらない」