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□mutual watch!中編
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「最上くんが俺に頼んだのは三つ。お前と一緒の仕事を入れないこと。お前にスケジュールを洩らさないこと。お前に会えと命令しないこと。以上」
指折り数えながら言うローリィ。
「ちなみに、それを約束しなければ事務所をやめると言われた」
「ッ!? そんな……」
「なんでキョーコちゃん、そこまで……」
息を飲む蓮と社に、ローリィも苦りきった顔だ。
「それを言ったのが最上くんじゃなかったら、まあ、俺もやりようがあるんだけどな」
極めてプロ意識の高い彼女の発言だからこそ、重みがある。
脅しているのでは決してなく、そこまでの覚悟を持って言っているのだと分かるから。
キョーコのことだ、ここをやめて次の事務所を探すようなことはしないだろう。そんな恩知らずでも恥知らずでもない。
間違いなく、『芸能界をやめる』という意味だ。
何故そこまで逃げるのか分からない。嫌なら嫌でそう言えばいいだけのことだし、他に何か事情があるならそう言えばいい。
おかしな隠し事や過剰な逃避は、どうにもキョーコらしくない。
「俺が何を聞いても『言えません』、どう説得しても『無理です』の一点張りだ。とりあえずその三つを聞き入れて帰すしかなかったんだよ」
「でしょうね」
頑固としか言いようのない一面を持つキョーコのこと、ちょっとやそっとのことでは折れまい。
「分かりました、結構です」
ローリィに助力を仰ぐのは、とりあえず現時点では諦めた方がよさそうだ。
そう判断して蓮が立ち上がると、やや心残りのありそうな顔で社がつづく。社長というジョーカーカードを諦めきれないのだろう。
「ああそうだ、社」
「はっ、はい!?」
チラチラ見たのが気に障ったのだろうか。急に声をかけられてビクッとする社に、ローリィは秘密を打ち明けるような含み笑いを浮かべ、言った。
「お前に頼みたいことがあるんだ」
「……はぁ」
怒られるわけではないらしいと肩の力を抜き、けれど頼まれる事柄も思い付かない社が首をひねる。
「どこにやったか……、ああ、これだこれ」
言ってローリィが差し出してきたファイルは、
「……『フレッシュな才能特集』の取材日程? 雑誌の取材ですか? でも……これはちょっと路線が」
ちらりと振り返り見る、担当俳優。
「蓮はもう『フレッシュ』って経歴じゃないですが」
「んなこたぁ分かってる。蓮じゃない」
「じゃあ……?」
これがキョーコだと言うのなら、約束破りに値する。それをするローリィではないだろう。
怪訝そうな顔をする社にニヤリと笑いかける様は、さすがに社長の貫禄だ。
「面倒だとは思うがな。それを渡してやってくれ、琴南くんに」
「……あ!」
その手があった! と内心で快哉を叫ぶ社。
誰よりもキョーコと親しくしている親友なら、きっとキョーコの動向を知っている。
「蓮! よかったな!」
「はい」
蓮はと言えば、彼女の存在を忘れていたわけではない。
ただ、疑うまでもなく彼女の味方をすると思っていたから、協力者からは除外していただけだ。
けれど事情が少し変わった。思っていたより深刻で複雑らしい。
それならば。もしその事情とやらを、琴南さんが快く思っていないとしたら。
「社長、ありがとうございます」
キョーコの鉄壁の防御、突き崩すきっかけになるかもしれない。
「俺は雑用を頼んだだけだ」
一転して力強い笑みを浮かべて出て行った蓮を、ローリィはソファーの上からひらひら手を振って見送った。
「検討を祈る」