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□終わりある綺麗事
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「ありがとうございました。やっぱり敦賀さんは大人ですね」
 未だ乗せたままの手の下の顔が、ほにゃりと緩まって。あまりに無防備なそれに。
「っ……」
 そのとき、ピリリリリ♪と、蓮の携帯が鳴った。
「ああ、お時間ですか? 社さんですよね」
「うん。じゃあ、これで」
「はい! ありがとうございました!」
 立ち上がり深々と綺麗に頭を下げてくるキョーコに後ろ手を振りながら、ある程度離れた蓮はゆっくりため息をついた。
「大人、ね」
 あの瞬間、携帯が鳴らなかったら、後頭部に手をすべらせて引き寄せていたであろう自分を知っている。
「とんだ『大人』もいたもんだ」
 つり上がってしまいそうな口角を必死に抑えて、蓮は足早に社と合流した。




「で、その後めでたく付き合えるようになって、今に至ってるわけなんだけど」
 思い出した? と微笑まれ、キョーコは顔を真っ赤にする。
「そんなこと考えてたの? 抱き寄せるだの引き寄せるだの……」
 思い出話は、記憶力の良さを示すように独白まで盛り込まれていた。何も知らない過去の自分、とてもピンチ。
「考えてた。そういうものだから、男って」
 あっさりと悪びれず言って。
「ところで? 同じ質問を繰り返したってことは、忘れてたというより、心境が変わったってことだよね?」
 聞かせてほしいなぁとキュラキュラ笑う蓮に、キョーコは少し首を傾げ、選びながら言葉を紡ぐ。
「心意気で……根性のいる覚悟だってあたりは、変わらないけど」
「けど?」
 目の前の男の顔が、物凄く期待に満ちてキラキラしていることに気付いているのかいないのか。
「共にあるこの幸せが、終わらない、変わらないものであればいいと、思う」
「終わるのが論外なのは同感だけど、変わるのも駄目なの?」
「だって、」
 たとえば、その方が双方幸せだからと、友達になったとして。
 ふれあえる幸せを知ってしまっては、もうイヤだ。
 心が通わないふれあいも、イヤだ。
 想像だけで悲しくなったのか、瞳に薄く膜が張る。
「そうか、それは困ったね。俺は、変わりたいんだけど」
「え!?」
 一層厚くなる膜は、動いたら雫になってしまいそうだ。
「だって俺は、今よりもっともっと愛したいし、愛されたいからね。子どもも欲しいと思うし、それは同じ位置に居てはできないだろう?」
「れ……」
 思いもよらなかった言葉に、限界を越えて瞳からあふれた涙。
 くすくす笑いながらそれを唇で吸い取って、優しく抱き寄せ耳元で囁く。
「変化が怖いのは分かるけど。そうだな……一緒に、“成長”していこう?」
「うん……っ」
 とうとう泣き出したキョーコを少し強めに抱き締めて、そのか弱くもまろやかな感触を楽しむ。
 ひとしきり泣いて落ち着いたキョーコがそっと顔を上げると、愛しまれていると分かる手つきで残る涙を拭いてくれる手。
 嬉しくて嬉しくて、もう一度すがりついた。
 受け止めてくれる人がいる幸せ。手放すことのないように、強く強く。
 願いを込めて、腕を回した。



 十数分後、改めて作業を再開。

「それにしても、キョーコらしいと言うか何と言うか」
「何が?」
「“永遠”ってあると思う? って発言。よりによって今日」
「何か可笑しい?」
「もうちょっと早く、その疑問は解決しておいてほしかったかな」
「どうして?」
「分かってるんですかね、君は?」
「ん?」
「それを、明日、誓うんだよ?」
 悪戯っぽく、それでも少し拗ねたように言ってくる蓮に、キョーコが顔を綻ばせる。
 明日だからこそ、確かめてみたくなったのだと言ったら彼はどうするだろう。
 不安があるのかと不安がるだろうか。せめてプロポーズの時に確かめてくれと言うだろうか。
 少し考えて、「キョーコ?」と覗き込んで来た彼の顔に、顔を寄せて。
 唇が重なるホンの少し手前。
「今ここで誓ってもいいわ。神様じゃなく、あなたになら」
「……まいった」
 わずかな隙間を敗北宣言で埋める。
 誓いの言葉の代わりに、本番ではできないであろうキスを、心ゆくまで交わすとしよう。

 改めて抱き締め合い……引っ越し作業は滞りなく滞る結果となった。



              

                              
                  Fin
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