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□終わりある綺麗事
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「あれキョーコちゃんじゃないか、蓮?」
「みたいですね」
「なんか……えらく難しい顔してるけど、何かあったのかな」
「そう、ですね」
 難しいと言うより奇妙な顔。不可解そうで不愉快そうで疑わしげな。オレオレ詐欺にでもあったのだろうか。(今時?)
 事務所の中層、倉庫や資料室が並ぶこの階。人が来ることの少ないそこの、さらに奥まった場所に簡易な休憩スペースがあることを知っている社員は少ない。
 当然、ラブミー部の部室もこの階ではない。
 蓮と社がここにいるのは、この階でエレベーターが止まってしまったため(社が「疲れた」と壁に凭れていたこととの因果関係は不明)非常階段を目指しているからだ。
 そんなところになぜキョーコがいるのか。
 偶然出会えたことは嬉しいけれど。顔を俯かせ「むぅ〜」と唸っている様は可愛くて仕方ないけれど。
「社さん」
「ん? ああ、いいよ、二十分くらいなら余裕ある」
「ありがとうございます」
 社と別れ、奥まった休憩スペースに近付く。
 颯爽とした足音は隠していないし、むしろそれで接近に気付いてもらう意図だったのだが、何に集中しているのか顔を上げる気配もない。
 肩すかしを食らったような、どことなく情けないような……。
 いったい何に集中しているのかと、覗き込んで。
 長椅子の影に隠れていた手元にあった一冊の台本に目を丸くする。二時間ドラマで役をもらえた、と言っていたのは三日ほど前だったが、もう台本を渡されたのだろうか。
「分からないわ」
「何が?」
「え? って? っひゃあああぁぁぁぁっっっ!!!! つつつつつつつ!?」
 降って湧いた覚えのある声に顔を上げれば、驚くほど近くにあった芸能界一いい男の顔。
 一般女性ならば気絶モノであろう、睫毛の一本までも見ることのできる距離だ。
「うん、いい発声と滑舌だね。養成所での成果かな」
「それは……ありがとうございます……。って、敦賀さん、いつからここに」
「さっきから。で、何が『分からない』の? それ、この前言ってたドラマの台本?」
 言いながら、さりげなく横に腰を落ち着ける。
「はい。台本と言うか、主役の方の都合で、少し話が変わるらしいんで、正確には台本じゃないんですけど。私のポジションはあまり変わらないってことなんで、役作りに使えるかな、と貰ってきて」
「で、何が『分からない』の」
「h……」
 そこから話を譲る気はないらしい蓮に、キョーコが身体を硬くする。
「で、何が『分からない』の」
「繰り返して頂かなくても結構です」
「そう? で、何が『分から」
「ですから繰り返さないで結構です! ……敦賀さん、お忙しいんじゃないんですか? 社さん、探してません?」
「空き時間だよ、残念ながらね。さらに残念ながら、話を誤魔化されてもあげない」
 本当はキョーコと話したいがために時間を空けてもらったのだが。
 逃がさないよ? と言うようにキュラキュラ笑う先輩に、とうとうキョーコも観念した。
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