スキップ・ビート!

□Break The spell
3ページ/7ページ

 丁寧な手付きで石を仕舞った彼女が次に取り出したのは、携帯電話だった。
 もしかしたら、親友にでも電話をするのかもしれない。
 不破のために犠牲にした多くのもののなかに含まれていた、友人という存在。
 芸能界に入って得ることができた宝物とまで豪語していた、初めての親友。

 ピッピッと鳴るボタン操作音。
 それでいい、と思う。
 彼女は、自分は一人じゃないと知る必要がある。
 自分も、愛されていいと分かるべきで、愛されていることを感じなければいけない。
 そうならなければおかしい。
 思い出の中にだけではなく、現実にも支えや救いの手があることに気付くことをしてほしい。
 それは同時に、自分を思う『キョーコちゃん』との別れになるけれど、過去ではなく今を生きるのは当然のことだから。
(会話を聞くのはさすがにマナー違反だな)
 足音を忍ばせ離れようとすると、すんっとすすり上げる声。
 それに反応し、足が止まる。
 また、泣いているのか?
(コーンがあったのに? あの石があっても?)
 思わず振り返って見た光景は、少し意外なものだった。
 取り出した携帯を耳に当てず、手に持って画面を見ているのだ。
 画面を見て、涙ぐんでいる。
 けれどその表情は、決して悲しい色ではなく……
 むしろ、喜びに近い色。
(……メール?)
 親友に、メールしているのだろうか? いや、操作音は途切れている。
(受信済みの、メール?)
 蓮の独白に応えるように、キョーコが動いた。
 見つめていた携帯を、ぎゅうっと抱き締めるように抱え込む。まるで、コーンにするように。
「……頑張ります。頑張ります」
 聞こえる声は、かすかに震えている。
「私はできる……私なら、できる」
 まるで呪文のように繰り返す言葉。
「私ならできる……『君ならできるよ』って……言ってくれたもの」
「……ッッ!」
 背筋を走ったものは、戦慄に似ていた。

 蓮の脳裏に、数週間前のことが思い起こる。
 詳しく覚えていないのだから、他愛無い用事があったのだろう。
 ついでに近況を聞いて。
 それに、『社長さんにお弁当を作ることになってしまいました』と返って来た。
 どこからかキョーコの料理上手を聞き込んだローリィが、ゴージャス弁当をリクエストしたらしい。
 文にはされない部分に、ゴージャスなんて分からないわ〜! という悲鳴がある気がした。
 まあ、たしかに社長の言うゴージャスについていける人間などそうそういないだろうけれど、彼女の料理の腕前は知っているつもりだったから、気軽に返事を送った。

『大丈夫。きっと、君ならできるよ』

(あのメール、なのか……?)
 取り出した携帯電話を確認する。記憶どおりの文面が、そこにあった。
(俺のメール?)
 彼女が、コーンの次に……あの石の次に、あの石で補えなかったもののために。
(俺のメールを?)

 どくん、と。
 大きく心臓が跳ねる。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ