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□涙色の月
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「……ん」

 遠くに誰かの泣き声を聞いて目が覚めた。
 眠りは浅いほうだったが、ここ数年は熟睡できるようになっているので、こんなふうに夜中に目を覚ますことは珍しい。
 強く残る眠気にむずがゆい気分になりながら、寝返りを打ってうつ伏せになる。
 そうすると日に干されたシーツの心地よい香りが鼻孔を刺激してきて、また一段と眠気が強くなった。
 ひどく落ち着いた気分で、このまま眠ってしまおうと思いながら、半ば無意識に右手を動かす。

「……、」

 期待した感触が返ってこないことに、ほんの少しだけ意識が明瞭になった。

「……キョーコちゃん?」

 肘を立てて上体を浮かし、目線を巡らせる。
 しかし、月明かりに浮かび上がる寝室内に求める姿はない。
 今度こそ身体を起こすと、ぼんやりかすむ目でもう一度室内を見回した。
 ゆるゆると室内を照らす月明かり。この状態がおかしいということにやっと気付く。

「……カーテンが開いてる?」

 眠る前に、たしかに閉めたはずだ。
 ということは、今ここにいないキョーコが開けたのだろう。
 どこに行ったのかと思案する蓮の耳に、遠くから細く泣き声が聞こえた。
 泣き声といっても、これは、大人の───キョーコのものではない。
 そう言えば、そもそも目が覚めたのもこの泣き声のせいだった。

「至希か……」

 ふっと口許が緩む。
 先月生まれたばかりの息子が泣いているらしい。

 理想的な体重で予定日に教科書どおりの安産で生まれてくれた息子は、驚くほどに手がかからない赤ん坊だ。
 育児書を読んでも経験者の話を聞いても、どうやら規格外らしい。
 そんな息子が、どうやら珍しく夜泣きをしている様子。これはキョーコ一人に任せてはおけない。
 幾分ウキウキした気分で床に足をつけ、泣き声を目標に歩き出す。

 探すものはすぐに見つかった。
 寝室と同じようにカーテンを開けた居間の窓際で、泣く至希を抱いたキョーコがゆらゆらと身体を揺らしている。
 近付いて横に並んだ連に、キョーコがにこりと笑う。

「起きちゃいましたか、蓮さん」

「珍しいね、至希が夜泣きなんて」

「ええ。なかなか泣き止まないんですけど、何だか嬉しくて」

「そうだね。俺も我慢できなくて起きてきた」

 言って、顔を見合わせ、くすくすと笑い合う。
 なかなか親に苦労も心配もさせてくれない息子の、珍しい夜泣き。

「一応は聞いておきますが、蓮さん。朝早くから仕事でしたよね? 寝ないんですか?」

「一応は答えておくけどね、キョーコちゃん。このまま朝まで起きてでも、この至希には付き合わなきゃでしょう」

 ふぇぇ、ふぇぇと、身体を震わせて泣く息子を挟み、穏やかに微笑み合う。

「しかし……こういう至希は嬉しいんだけど、珍しいよね? 具合が悪いわけじゃ?」

「んー、それはないと思いますけど。多分、さっきまで曇ってたからじゃないですかね」

「曇り?」

「ええ。至希、夜に泣くときは、空を見せると落ち着くんですけど。さっきまで曇ってて、月明かりがなかったから」

「月……」

「そうなんです。まだろくに視力もないと思うんですけど、不思議ですよね」

「へぇ、至希は月が好きなのか」

 言って、見上げる。
 なるほど、居間に移動したのは、寝室より月がよく見えるからか。

「そうか。じゃあ至希、もう少し大きくなったら、父さんと月を見に行こう。家からは街の明かりで綺麗に見えないからな」

 キョーコの腕から受け取った、息子の小さな身体。
 腕にすっぽり収まってまだ余る、小さなぬくもり。

「約束だ」




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