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□Break The spell
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「じゃあ、俺はまだ仕事あるから、先に帰ってくれ。疲れてるだろうから、よく休めよ」
「はい。社さんも」

 地方ロケを予定よりも二日早く終わらせ、すぐに現地を発ち、日付が変わる少し前に事務所に着いた。
 こんな時間には帰還の挨拶をする人もいないので、蓮は直接地下駐車場に向かう。
 喉の乾きを感じて足を止めた自販機の前で、日付更新を伝える時計の音色を聞いた。
(十二時の鐘か。あの子に言わせれば、シンデレラの鐘になるのかな)
 脳裏にふっと浮かんだ、メルヘン思考の後輩。
 それを透かすようにして遠くに見える、夏の日の光景。

 ブブブブブブ…………!!

 思い浮かんだ懐かしさに口元を緩めていた蓮のポケット内で、携帯が振動した。
(こんな時間に誰だ……?)
「……社さん?」
 ディスプレイに表示された、数分前に別れたマネージャーの名前。首を傾げつつ通話ボタンを押す。
『あ、蓮? まだ運転してないよな?』
「ええ、まだ事務所内です。どうしたんです社さん?」
『伝え忘れたことがあってさぁ〜。明日と明後日なんだけど』
「? オフですよね? 仕事が入ったんですか?」
 ロケの短縮分、オフにしてくれると言われたばかりなのだが、急な仕事でもあったのだろうか。
『そうじゃない、そうじゃない! オフだよオフ! で、キョーコちゃんもオフ』
「……は?」
『だから、キョーコちゃん。ラブミー部、三日間のオフなんだ。土日祝日の連休だから学校もないし』
「……それが、何なんでしょうか」
『べっつにぃ〜? しっかり食事しろよ。じゃ』
 一方的な電話は一方的に終わった。
「それはつまり俺にあの子に『食事作りに来てよ』もしくは『食事に行かないか』などの発言をしろというわけですか社さん」
 息継ぎなしに言い放ち、深くため息をつく。
「だから、そういう感情じゃないって言ってるのに……」


 ぬるくなってしまったコーヒーを飲み干し、改めて地下駐車場を目指す。
 たかが一階分でエレベーターを使う気にもなれず階段を使おうとして、
「………………」
(何故こんなところに君がいる……!?)
 階段に座り込んでいるキョーコを発見してしまった。
 思わず足を止める。
(危なっかしい……)
 こんな時間に女の子が一人で。事務所内ならまだいいが、どうやって帰る気なのか。
(この子なら確実に、歩きか自転車だろうな……)
 以前、真顔で「私なんかを襲う物好き、いませんよ」と言っていたらしい(社に聞いた)。
 そもそも、社情報によれば今日は休みだったはず。ピンクつなぎ姿じゃないことからも、仕事中ではないと分かる。
(送っていくか……)
「もが……」
 掛けかけた言葉を飲み込んだのは、踏み出した一歩分だけ近付いた彼女が、何かを握りしめていることに気付いたからだ。
 硬く握った手に額を押し当て、祈るように真摯な表情。
 何をしているんだ、と訝しんだ瞬間、耳に届いた声。
「コーン……」
「……ッ!!」
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